「いつもの時間に散歩をしなかった」それだけで警察への出頭を命じられる異常なウイグルの日常

PRESIDENT Online 2022/2/12

中国政府はどのようにしてウイグル人を監視しているのか。アメリカ人ジャーナリストのジェフリー・ケインさんは「近所の人に相互監視をさせて、少しでも異常な行動をとれば密告される。街の至る所に設置されたカメラでも監視されている」という――。(第2回)
※本稿は、ジェフリー・ケイン、濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)の一部を再編集したものです。

胃腸炎で日課の散歩を休んだだけで「通報」

2015年夏、ウイグル出身のメイセムは一時帰国してからトルコに戻り、大学院での社会科学の研究を続けた。アルバイトをしていたせいで、通常の2年よりも修士号取得に長い時間がかかった。トルコにいるあいだ微信(WeChat)経由で友人からときどき噂話を聞く以外、母国での動きにはほとんど注意を払っていなかった。

翌2016年6月、夏休みになるとメイセムはまた故郷カシュガルに戻った。そして胃腸炎にかかって家で寝込んでいたある朝、ノック音が聞こえたので扉を開けた。外に立っていたのは、彼女が「ガーさん」と呼ぶ女性だった。

「近所の人たちから、あなたについて通報がありました」とガーさんは告げた。

「通報」されるのは、けっして良い知らせではないとメイセムはわかっていた。

「あなたが今朝の9時にいつもの散歩に出かけなかった、と近所の人たちが言っていますが」とガーさんは続けた。「行動の変化についての理由は?」。ここ数日メイセムが不規則な行動をとったことについて、彼女は問題視しているようだった。いつもの時間に家を出ず、日課にしたがわず、やるべきことをやらなかったのはなぜか?

「胃腸炎にかかったので、家で休んでいるんです」
「胃腸炎にかかったことを証明する書類を提出していただけますか?」

「熱があるんですけど……」とメイセムは言いかけたものの、医者の診断書が必要だとわかっていた。彼女はしぶしぶながら、診断書をもらってくるとガーさんに約束した。その日のうちにメイセムは病院に行き、診断書を警察に提出した。

プライバシーの侵害でもなすすべなし

当時の新疆しんきょうウイグル自治区では、各家庭が10世帯ごとのグループに分けて管理されていた。グループ内の住民は互いに監視し合い、訪問者の出入りや友人・家族の日々の行動を記録することを求められた。これは封建時代の中国の「保甲制度」にもとづくやり方で、かつてはこのような住宅の集団が違反行為の取り締まりや税金の徴収を担っていた。

ガーさんは、10世帯のユニットの班長として最近になって派遣されてきた礼儀正しい女性だった。彼女は毎晩それぞれの家をまわって扉をノックし、日々の行動について報告させ、隣人の行動に変わったことがないか尋ねた。

ガーさんの質問はあからさまなプライバシー侵害行為だった。が、彼女はただ指示どおりに仕事しているだけだとメイセムの家族はあきらめるしかなかった。

日課の質問を終えるとガーさんは、回答を書き留めて当局に報告した。数週間後の2016年7月はじめになると、彼女はQRコードのスキャンをはじめた。そのころから、各世帯の個人情報が含まれるQRコードがマンションの玄関ドアの外側に貼られるようになったのだ。

家のチェックを終え、問題がないと判断した場合、ガーさんはそのQRコードをスキャンした。つぎに彼女は隣の部屋に行って同じプロセスを繰り返し、10世帯すべてのチェックを終えるとまた地元当局に報告する。2014年から2018年にかけて政府は、ガーさんのような党幹部20万人を新疆ウイグル自治区に送り込み、住民を監視させ、政治的なプロパガンダを広めようとした。

「共同体を取り締まる方法としては、じつに効果的でした」とメイセムは言った。「全員が監視人に変わるんです。その日に何か変わったことが起きたのに、わたしがガーさんに報告しなかったとします。でも隣人がそのことを報告した場合、わたしの信用度が下がります。政府にも、怪しい人間だと思われてしまう」

この地域自警システムは、当局が全住民についてのデータを集めるのに役立った。すぐに政府は、それぞれの住人を社会ランキングの3つのカテゴリーのどれかに振り分けていった──「信用できる」「ふつう」「信用できない」。信用できないと判断された人々は、警察に拘束されることもあれば、就職や大学進学で不利な扱いを受けることもあった。

イスラム教の国へ留学すると「家の居間にカメラを設置」

数日後、このうえなく親切なガーさんがまた扉をノックし、メイセムの家の居間に政府のカメラを設置する必要があると説明した。

「ご不便をおかけしてほんとうに申しわけありません」とガーさんは丁寧に言った。「でもこの決定については、わたしにはどうすることもできないんです。あなたの家で何か怪しいことが行なわれている、と地元の警察から通知があったものですから」

ガーさんから手渡された1枚の紙には、当局の支援を受けて監視カメラを設置する方法が書かれていた。メイセムと家族は、この命令が下された理由をはっきりと認識していた。メイセムは海外に留学中だった。さらに留学先はイスラム教の国だ。そのせいで彼女が“容疑者”とみなされたのだ。2015年のある時点で中国政府は、アフガニスタン、シリア、イラクなどの国が含まれる「26の要注意国」の公式リストにトルコを指定することを決めていた。

「自分は“信用できない”と判断されたんじゃないか、政府はわたしをもう信用していないんじゃないかと不安になりました」とメイセムは言った。「政府は、わたしがトルコと中国を行き来していることを知っていた。それで、わたしを信用できないと考えたにちがいありません」

彼女の直感は正しかった。ガーさんは、政府が定めた「信用できる」の基準をメイセムが満たしていないようだと説明した。カメラを設置して信用できる人間だと示さなくてはいけない、と。

「選択の余地などありませんでした」とメイセムは振り返った。「わたしたちにできることなんてなかった。当局に抵抗すれば、逮捕されるだけですから。みんながみんなを監視して、密告し合っていた。誰も信用なんてできません。わたしたちは地元の電気店に行って、適切なカメラを探しました」

電気店に行ってみると、多くの店で品切れ状態になっていることがわかった。最近のおもな顧客である警察が、あらゆる製品を買い占めていたのだ。適切なカメラを見つけるのは簡単ではなかったが、一家はやっとのことで見つけだした。

居間では意味深な会話ができなくなった

購入後、技術者が家にやってきて、壁に埋め込まれたプラスチック製のケースのなかにカメラを設置した。そのためカメラを勝手にいじったり、電源を切ったりすることはできなかった。居間だけでなく、小さなマンションの広い範囲が映り込んだ。くわえて、音声も記録された。

「お母さんとわたしにとって、それは絶望的なことでした」とメイセムは言った。「むかしから家はわたしたちみんなにとって、望むことはなんでもできる場所だった。個人的な場所であり、プライバシーが守られる場所でした。本を読み、会話し、本音を語ることのできる場所だった」

メイセムと母親は居間を使いつづけた。しかし、いつものように本を並べたり、文学や世界情勢についての率直な議論をしたりするのは避けた。

「わたしたちは手ぶらで居間の椅子に坐り、ただ紅茶を飲みました。もちろん、意味深なことは何も言わないように心がけました」

DNAから声紋情報までをむしり取る「健康診断」

メイセムにとって、自由な会話を奪われるのは耐えがたいことだった。言葉とアイデアに満ちた彼女の豊かで色とりどりの心は、水に飢えた花のように枯れていった。

「中国から早く逃げだしたくてたまりませんでした」と彼女は言った。恋人のアルマンに電話をかけ、テキスト・メッセージを送りたかったが、メイセムはその衝動をなんとか抑え込んだ。トルコの番号に電話すれば、政府からさらに怪しまれることはまちがいなかった。

1カ月後、政府からの新たな通知をもってガーさんが戸口にやってきた──全員で地元の警察署に出向き、“検査”を受けろ。一家が怪しいと判断されたため、こんどは家族全員への“検査”が義務づけられたのだった。

当局はやがて、このプログラムを「全民健康体検」と名づけた。「身体検査、採血、声と顔の記録、DNAサンプルの採取が行なわれます」とメイセムは説明した。「地域の安全のためという名目です。警察は全員のDNAデータを必要としていた。今後も引きつづき海外に行きたいのであれば、検査を受けるしかありません。さもないと、新しいパスポートを取得することはできませんからね」

メイセムが警察署に着いたとき、慌ただしい待合室の椅子には数十人の人々が坐っていた。赤ん坊が泣き、母親たちが心配そうな表情を浮かべていた。健康診断を行なうのは、医療従事者ではなく警察官だった。

長い待ち時間のあと、やっとメイセムの名前が呼ばれた。警察官に導かれ、“患者”でいっぱいの診察室に行った。そこは、医療プライバシーの欠片もない場所だった。

はじめに身長と体重が測定され、視力が検査された。それからメイセムは、採血に同意するかどうか尋ねられた。が、現実問題として拒否できるはずもなかった。

選択の余地などなかった。まだ公表こそされていなかったものの、自身のDNA情報がなんらかの生体認証データベースのために警察に引き渡されることもメイセムはわかっていた。

室内にひとりだけいる医療従事者の助けを借りつつ、警察官たちは静脈を探して針を刺そうとしたが、失敗した。代わりに彼らはメイセムの指に針を刺し、小さな医療用チューブに血液を流し込んだ。そのDNA採取装置はアメリカの医療技術企業サーモ・フィッシャー・サイエンティフィックが製造したもので、同社は製品を新疆ウイグル自治区に直接販売していた。

つぎに男性警察官にべつの部屋へと案内されたメイセムは、一連の検査を受けた。まず、カメラのまえに立ち、警察のデータベース記録用にさまざまな表情を作るよう言われた。笑顔、しかめっ面、左右の横顔にくわえ、さらに8つのアングルから写真が撮影された。そして最後に、「国家安全保障」についての文章を声に出して読むよう指示された。

「3つの悪とは、テロリズム、分離主義、宗教的過激主義です」とメイセムは素直に読み上げた。こうして、警察は彼女の声紋情報を手に入れた。

3600万人が「健康診断」を受診

メイセムは、警察官が幼児の頭と足から採血するのを目撃した。10分ほどで検査を終え、彼女は家族を待った。家に戻ったときにはみな疲れ果て、恐れていた。しかし、居間のカメラに見られているという恐怖から、その日の経験について正直に話し合うことはできなかった。

不審者と判断されたメイセムは、医療プログラムの一環として強制的にDNAを抽出された。彼女が参加した時点では、このプログラムは新疆だけで行なわれていた。のちに、メイセムがこの医療プログラムに参加したもっとも初期の集団のひとりであるとわかった。その年の9月、政府はより大規模に健康診断を展開しはじめた。最終的に3600万人が検査を受けたと国営の新華社通信は報じた。

市民教育という名のプロパガンダ

DNAサンプルを採取された数日後にガーさんがふたたび戸口に現われた、とメイセムは続けて説明した。

「地区の警察が、不審な動きを察知したそうです」とガーさんは言った。

「“不審な動き”ってどういう意味ですか?」とメイセムは言い返した。「わたしはただの学生ですよ」

「わたしからこれ以上お伝えすることはありません。地区の警察署に出頭してください」

警察も同じように不親切だった。メイセムが椅子に坐ると、机の反対側にいる公安部の役人が書類をぺらぺらとめくり、コンピューター画面に映る医療データと生活記録をたしかめた。

「海外への渡航経験がある」と役人は言った。「留学していたんですね。具体的には、何を勉強しているんでしたっけ?」

「社会科学です」

メイセムは、渡された用紙に必要事項を書き込むよう指示を受けた。

「自身の宗教的習慣、移動、パスポートの入手方法と時期、26の要注意国への渡航経験などを尋ねるものでした。まさに、プライバシー侵害だらけの国勢調査でした」

公安部の役人はメイセムに言った。「市民教育のクラスに参加してもらいます。さらに週に2回、署に出頭してください。もし出頭を怠れば、あなたのことをさらにくわしく調べなくてはいけなくなる。集中してしっかり勉強すれば、なんの問題もありませんから安心してください。そのあと、トルコに戻って大学院の勉強を続けることができますよ」

「わたしはすでに大学院で勉強をしているんですよ」とメイセムは反論した。「どうしてそんなバカげたプロパガンダの授業を受けなくちゃいけないんですか?」

「習近平は偉大だ」と何度も書かされる

ここでも、彼女に選択肢はなかった。毎週金曜日、メイセムは自宅近くの政府庁舎で行なわれる市民教育の授業に参加した。それぞれの教室には部屋の隅に1台ずつ、計4台のカメラが設置されていた。

「党を愛しています! 習主席は偉大な最高指導者です!」とメイセムはノートに何度も書かなければいけなかった。

「新疆の3つの悪とは?」と教官は尋ねた。

「テロリズム、分離主義、宗教的過激主義です!」と受講生たちは口をそろえて答えた。

毎週月曜日には、警察が3時間にわたってメイセムの思想について尋問した。

「なぜ中東の国に行くことを選んだんですか?」と取調官のひとりが彼女に訊いた。きまって3人の警察官が眼のまえに坐って質問し、答えをコンピューターに打ち込んだ。

「わたしは大学院で勉強をしているんです」と彼女は説明した。「自分の教育のためです」

「教育ですか、なるほど」と取調官は言った。「どのような種類の教育ですか?」

「ただの社会科学です」
「社会科学を学んでどうするんです? あなたはどのような分離主義的考えを抱いていますか?」

べつの取調官が口を開いた。「知り合いの人たちは、あなたは本を読むのが好きだと証言しています。幼いころから読書家だった、と。あなたのような女性が、なぜそれほど多くの本を読む必要があるのですか?」

何週にもわたって尋問と授業が続いた。相手は言葉を変えながら同じ質問をひたすら繰り返した。そのうちメイセムは、執拗しつようなまでの心理戦に疲れ果ててしまった。

「何度も言いましたが、わたしはただの学生です」
「中東では、どのような過激派と接触したことがありますか?」
「接触などしたことはありません!」

警察の実際の目的は、尋問や授業をとおしてその人物についてのデータをできるかぎり多く集め、将来の行動を予測することだったとのちにメイセムは学んだ。彼女以外にも数十人のウイグル人が、同じような経験をしたと私に話した。

「健康診断、尋問、ガーさんの訪問……当局は、AIシステムのためにできるだけ多くのデータを集めようとした。ソフトウェアがそのデータを分析し、誰が罪を犯すのかを予測する。そういう流れのようでした」とメイセムは言った。

https://president.jp/articles/-/54321

在日ウイグル人証言録

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