書評 「重要証人 ウイグルの強制収容所を逃れて」サイラグル・サウトバイ著 草思社著

三浦小太郎(評論家) 2020/8/20

 著者サイラグル・サウトバイ氏はウイグルイリ州にて1976年に生まれたカザフ人女性である。本書前半部では、まだカザフの民族文化や生活様式が多少なりとも保たれていた時代に生きた少女時代が生き生きと描かれているが、それは文化大革命以後、ごく一時的に中国を訪れた「雪解け」にすぎなかった。
印象的なのはウイグルにやってくる中国人移民と企業による環境破壊と他民族への圧迫が、鄧小平時代の「改革解放政策」の時代に着々と進行していることである。1990年代「北京政府はますます多くの入植者を東トルキスタンへと計画的に送り込み続けた。それは、中国で最も豊かな鉱物資源に恵まれた周辺地域を『漢化』していく事業の一環」であり、破壊される自然環境、奪われる生活空間、そして次第に強まっていく圧力の中、人々は沈黙を強いられていった。この時期から激しい抵抗運動に身を投じたウイグル人たちも現れたが、著者一家は、何とかこの中国社会で生き抜いていくことを選ぶ。サイラグルは医科大学を卒業後、故郷を離れ、都市の病院で医師として働くことになる。
 しかし、病院の現場でも、中国人患者とウイグル人やカザフ人の患者では扱いが全く違っていた。地方から初めて都会の病院にやってきたウイグル人患者の中には、病院に着いても、どの医科を尋ねればいいのか理解できない人も多かったが、医者も看護婦も彼らを案内しようともせず、遅れた野蛮な民族だと軽蔑の視線を投げるだけだった。サイラグルはそのような困っている患者に出会えば、常に親切に案内し、病院の差別的な姿勢にも抗議したが、もしかしたらそのような行為も、将来著者を「危険人物」とみなす一因となったのかもしれない。
 だが、サイラグルの女医としての生活は約2年ほどで終わった。下宿していた叔母との関係が悪くなり、また、実家の母が病気になり、このまま故郷と遠く離れた職場で暮らすことは難しくなったからである。彼女は故郷に戻り、そこで教師の職を得ると共に、そこで出会ったワーリという同じカザフ人男性と結婚し、二人の子供をもうけた。
しかし、中国政府のウイグルやカザフ人に対する弾圧はさらに強化されていく。すでにこの地では生きていけないと判断し、まず、夫と子供が、先に隣国カザフスタンに親族訪問という理由で脱出、亡命に成功する。公務員のパスポートはすべて取り上げられており、現役の教師であるサイラグルは脱出ができなかったが、夫は既に退職していたのでパスポートをまだ保持できていたのだ。著者もその後夫に続こうと、何度もパスポートを取得しようとするが、益々弾圧と監視政策は厳しくなり、脱出など思いもよらぬ状況が続いた。
 そして2017年、サイラグルは、突然警察に呼び出される。夫がカザフに住んでいること、それだけで著者は中国にとって「政治犯」扱いされたのである。そして、サイラグルはウイグル人たちが収容されている「再教育センター」という名の強制収容所で中国語の教師をさせられることになった。教師時代にも著者が体験したことだが、中国語(漢語)を充分知らない民族に対し、強制的に、しかも中国共産党を礼賛し、自分たちの民族文化や信仰を貶めるような言葉を暗唱させるのは精神的な拷問である(もちろん、肉体的な拷問も加えられ、女性には正体不明な薬物が投与される)。そしてさらに衝撃的なのは次のような記述だ。
「来る日も来る日も暗い部屋から貫くような悲鳴が聞こえた。私たちは日々、心を閉ざしていった。拷問は屈強な男たちさえ打ち負かしていたが、ここで最もひどい目にあったのは女性と少女たちだった。夜、見張りや掃除をしていると、警備員が一番若くてかわいい娘を監房から連れ出してゆくのをよく目にした。」(中略)
「警備員は連れ去った少女たちを翌日まで帰さなかった。彼女たちの顔は青ざめ、おびえきっていた。腫れあがった顔に傷を負いながら、赤い目をしばたいていた娘もいた。もぬけの殻のようになっていても、彼女たちがどれほど愕然とし、どれほどの恐怖を味わってたのかはだれが見てもわかった」
突然収容者たちが広い部屋に集められ、そこで、一人の女性囚人が強制された「自己批判」の内容は次のようなものである。
「命令に従い、彼女は中国語で自己批判を始めた。『私は初級中学校三年生の時、祝日を祝おうと携帯電話でメールを送りました。それは宗教行事に関する行為であり、犯罪でもあります。もう二度としません』」
 この「自己批判」をしたあと、彼女は囚人たちの目前で中国人看守の暴行を受けた。囚人の一人が抗議すると、その囚人も連れ去られてしまった。
 ほかにも、本書ではサイラグルが収容所で接した様々な残酷な行為や、また、中国の一帯一路政策の野望がヨーロッパ支配まで及んでいることを示唆する文書の内容などについての生々しい記述が登場する。サイラグルはいったん収容所から解放されるが、近い将来再収容されれば今度はさらに過酷な運命が待ち受けていることは明らかだった。彼女はブローカーにお金を渡すことで通行証を手に入れ、奇跡的にカザフスタン亡命に成功、夫や子供たちと再会することができた。
しかし、そのカザフスタンも安住の地ではなかった。カザフスタンの独裁政権は中国政府と通じており、国内には中国のスパイや秘密警察が深く浸透していたのだ。サイラグルは捉えられて強制送還されそうになる。カザフの国民世論や、人権活動家の尽力がなければ、間違いなくサイラグルは、中国に送還され、今度は囚人、もしくは死刑囚として強制収容所に消えて行っただろう。
 今、著者はスウエーデンに逃れ、そこで中国の収容所の実態を告発し続けている。著者は本書末尾で、コロナウイルスよりもはるかに恐ろしいウイルスとして「心のウイルス」の存在に触れている。
「コロナウイルスより恐ろしいのは、現在、東トルキスタンで開発中の、独裁国家中国という『心のウイルス』であり、そのウイルスは猛威を振るって世界中にくまなく広がりつつある。このウイルスに感染すると、自由、平和、人権が世界中に脅威さらされている現状に気付けなくなる。中国政府は過剰なほど政治宣伝された『中国モデル』を利用して、民主主義国家に対する独裁国家の優位性を証明しようとしている。」
「やがてコロナウイルスも徐々に沈静化し、私たちの日常は再び回復されるだろう。だが、自由世界に対する中国発の心のウイルスの攻撃はやまない。私が願うのは、中国共産党と北京政府が脅かしているのは自国民だけではなく、地球上のすべての国の人々なのだという事実を世界の人々に気づいてもらうことなのだ。」
「地獄、それがこのウイルス運んでくる現実に他ならない」
 著者のこの言葉に付け加えるものは何もない。

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