ウイグル核実験の調査を提起せよ アフメット・レテプ
- 2023/9/30
- 活動報告
月刊正論オンライン 2023/9/30 10:30
(月刊「正論」11月号から)
二〇二三年八月二十四日、東京電力福島第一原子力発電所から排出されたALPS処理水の海洋放出が始まった。国際原子力機関(IAEA)や多くの科学者たちによる科学的分析で問題はないと判断され、国際社会の理解と日本政府の決断を経て実施されたものだ。原発の廃炉を実現するうえで海洋放出は避けて通れないプロセスである。原発を廃炉にするには、莫大な歳月を要する。達成するまで原子炉の冷却を絶え間なく続けなければならない。そのプロセスで生まれる冷却後の排水を無害化し安全性を確保したうえで海に放つ。ここまでの取り組みだけでも膨大かつ気の遠くなるような作業の積み上げである。それを十二年もの間、粘り強く続けてきたことに私はまず感心し見守っている。
しかし、この処理水放出に中国から官民をあげての反発が繰り返された。その態様は非常識極まりないもので、中国外務省の報道官が一切の科学的根拠を無視した主張と乱暴な非難を連日発信し、反日感情を煽っていた。中国政府は、日本の水産物の全面禁輸などの経済制裁を科し、香港政府やマカオ政府も追従した。
イギリスを拠点に偽情報に対抗しているデータ分析会社、ロジカリーのデータによると、中国の国営メディアは今年一月以降、フェイスブックやインスタグラムにより、さまざまな言語で、さまざまな国に向け、処理水の危険性を訴える広告を流した。
それだけではない。中国人による反日行為も多発した。中国の日本人学校には石や卵が投げつけられ、放尿までされた。北京の日本大使館にはレンガが投げつけられた。飲食店には「日本人の入店お断り」の張り紙が掲示された。日本製品の不買や訪日旅行のキャンセルも相次いだ。大勢の中国人が海沿いに並び、日本が汚した海を綺麗にするためと言ってミネラルウォーターを海に向かって一斉に流していた。ナチスの独裁者、ヒトラーのヒゲを岸田文雄首相の顔に描き加えた大型写真を抱えながら抗議デモが行われた。日本全国で大量の迷惑電話が相次いだ。東京の寿司店では放射線を測定しながらの動画が撮影され、ネット上に流された…。これはやり過ぎ、とか民度が低いといった表現で片付けられる話では決して無い。むしろ中国人の様式が正しく反映されたと言っていいだろう。一二年、尖閣諸島の国有化を巡って中国全土に激しい反日運動が広がったことがあったが、あれから十一年を経て、再び中国人の反日ぶりを正しく理解できる出来事が繰り返されたということだ。
魚を食べないで
今年八月末、ほとんどのウイグル人が家族との連絡が途絶えているなかにあって、辛うじてたまに連絡ができていた在日ウイグル人が、電話口の親から「魚を食べないで、危ないから」と言われたといって、ショックを受けていた。日本に住む子供が「核で汚染された魚を食べて健康被害にあったらどうしよう」と心配し、パニックに陥ったらしい。
ウイグル人社会における中国の官製メディアは、民主主義国のポジティブな側面をほとんど報道しない。その一方で、ネガティブな側面は熱心に報道する。日本に関する話題だと、この傾向はますますひどくなる。官製メデイアが反日感情と不安を煽ってくるからだ。一方的な報道しか無いのだから、日本にいる家族の消息について不安を覚え、心揺れることも無理からぬことだ。
「魚を食べないで」と言われたという話を聞かされた時、私は十二年前を思い出した。一一年三月十一日、東日本大震災の直後にウイグルの家族と電話で話した時のことだ。当時は、現在のように通信が遮断されていなかった。好きな時に家族と電話やSNSで連絡を取るのが当たり前の時代だった。日本で起きた大震災に関して中国ではネガティブな報道が嵐のように流れている。ウイグルの家族は不安に襲われ、日本にいる私たちを心配していた。
会話の中で「日本はもう終わったと言われているが本当なのか?」と聞かれた。私は愕然とした。情報統制による〝洗脳〟の怖さを改めて痛感した瞬間だった。
ウイグル人の多くは親日的だ。「アジアの希望の星」という日本への特別な思いと期待を抱いている。その日本が衰退し沈んでいくと宣伝することは、ウイグル人を失望させ、日本や欧米が助けてくれるとの夢を諦め、独自文化を放棄し、中国人になりきって生きるしか道はないと追いつめたいという思惑が中国にはある。
福島から三百キロほど離れた東京のオフィスで勤務していた私でさえ、震災当日は同じ都内にある自宅に帰れず、帰宅難民となって家族と一日会えなかった。未曾有の大災害であることは明白だった。
しかし、その未曾有の大災害と冷静に向き合う日本国民の姿は感心するに値するものだった。当時、日本には、各大学・大学院の留学生やその家族を中心とした、二千人ほどのウイグル人が暮らしていた。
彼らは第二の故郷である日本を襲った大災害と向き合う日本国民に少しでも力になりたいとの思いから、募金を集めて日本赤十字社を通して東日本大震災の被災地に寄付した。岩手県盛岡市、宮城県石巻市などで複数回災害ボランティア活動も実施した。被災者やボランティアの方々にウイグル料理を振る舞いながら、ボランティア活動を続けるなかで、ウイグル人たちが目にしたのは、「自然には勝てないが、ここで挫折することなく被災地を必ず再建して見せる」という不屈不撓の精神に満ちた日本国民の冷静な姿だった。
あれから十二年が経つ。今度は「魚を食べないで」との忠告だ。それだけではない。今回の処理水海洋放出で中国から大量の迷惑電話が日本全国にかかってきたと報道された。在日ウイグル人のなかにも被害にあった者がいた。電話を受けたその在日ウイグル人は、「お前らはウイグルで核実験を繰り返し、ウイグルの人々に甚大な核災害をもたらした、その責任を取るのが先だろう」と中国語で言い返した。すると、電話は黙って切れたと言う。
続きは、「正論」11月号をお読みください)
アフメット・レテプ
一九七七年、ウイグル南部の町、ケリピン県生まれ。二〇〇一年、カシュガル大学物理学部を卒業。留学で来日、都内のIT系日本企業に勤める。一〇年、日本に帰化。日本ウイグル協会会長。