西日本新聞 2022/07/04
中国政府による少数民族抑圧が懸念される新疆ウイグル自治区で何が起きているのか。厳しい情報統制が敷かれ現地の様子が分かりにくい中、海外に亡命した少数民族の女性たちが西日本新聞のオンライン取材に応じ、過酷な人権侵害の実態を明らかにした。証言すれば現地に残る親族を危険にさらす恐れがあるが、「声を上げたくてもできない同胞に代わり、事実を世界に伝えたい」と力を込めた。
「2016年ごろからウイグル族のパスポートが取り上げられ、収容所に送られ始めた」。新疆の区都ウルムチ市で生まれ育ち、19年に夫の母国パキスタン経由で米国に亡命したウイグル族のズムレット・ダウトさん(40)は振り返る。チベット自治区で分離・独立運動を封じ込めた陳全国氏が新疆トップの共産党委員会書記に就任した16年から統制が加速したとされる。
地元政府から住民に「浄網衛士(ジンワンウェイシ)」というアプリをスマートフォンにインストールするように通知が来た。住民のスマホを監視するアプリだ。家族や友人とのスマホでのやりとりで「アッラー」などウイグル族が信仰するイスラム教に関する言葉を使うと、すぐに警察から電話がかかってきて尋問を受けるようになった。
イスラム教徒によるテロや独立運動を強く警戒する中国当局は「外国勢力」と市民とのつながりに神経をとがらせてきた。ズムレットさんの周囲では、外国に親族がいる人や海外渡航歴がある人が思想改造のための収容所に入れられるようになったという。
各家庭にはQRコード付きの装置が取り付けられた。録音機能があるのか、家庭内で宗教色の強い言葉や中国政府を批判する言葉を使った人も次々に収容所に送られた。隣近所の住民同士の密告が奨励され、両親が収容所行きとなった家の子どもに食事を与えただけで「犯罪者を助けた」として罰せられた。
17年になると、収容された人が亡くなったという話を耳にするようになった。死因は決まって心臓病か腎臓病。遺体は家族に返されずに埋葬された。
母国に帰っていた夫からの着信履歴が疑われたズムレットさんも18年に2カ月余り収容所に入れられた。
■泣くことは厳禁
中国政府は、収容所について「職業技能教育訓練センター」だと主張する。これまで日本メディアを含む報道機関に一部の施設を公開し、笑顔で中国語を勉強したり、職業訓練を受けたりする様子を見せてきた。
だが、「内部は刑務所そのもの。職業訓練は一切なくイスラム教を否定する思想教育を受けた。食事も睡眠時間も限られ、神経が消耗していくばかりだった」とズムレットさん。
入所者には1カ月に1回ほど、専用の部屋で家族とビデオ通話する機会が与えられた。「入室前に化粧をして身なりを整えるように求められ、通話中は絶対に泣いてはいけないと言われた。施設の内情を明かすようなことを口にすれば『二度と家族に会えなくなる』と脅された」と明かした。
退所する際には、あくまでも自分の意思で入所し、施設内で見たことを口外しないと記した誓約書に署名をさせられた。「収容所に送られた時、下の娘は5歳でした。幼いわが子と何カ月も離れて職業訓練を受けることを自ら希望するはずがありません」。当時の状況を振り返って悔し涙を流した。
中国政府は、19年で訓練センターは全てなくなったと強調するが、ズムレットさんは「学校や病院の表札を掲げ、外からは分からないようにした上で、今も各地で収容所を運営している」と断言する。記者が昨年、新疆のカシュガル地区で目撃した施設も表札は「職業技術学校」だが、あらゆる窓が鉄格子付きか、窓枠の幅が異様に狭く、刑務所のような造りだった。
■思い秘めた作文
ウルムチ市の小学校で中国語の教員をしていたウズベク族のケルビニュール・シディクさん(53)は収容を免れたが、17年3月以降、当局から国語教師として複数の収容所に派遣され、入所者たちに中国語を教えた。
「男子収容所は入り口に金属製の3重の扉があった。入所者たちは薄暗い牢屋(ろうや)の中でコンクリートの床に横たわっていた。教室には8台の監視カメラがあり、うち2台は私に向いていた」。入所者の一人に、かつての教え子を見つけた時は「心臓が止まりそうになった」という。スマホに違法なアプリを入れていたことが理由と聞かされた。
トイレは1日3回、1分ずつしか使えず、トイレットペーパーもない。入所者は白い錠剤を飲まされ、定期的に注射を受けていた。
女子収容所はふん尿の悪臭が充満しており、管理者である漢族の男性たちは全員マスクをしていた。入所者は生理を止める薬を投与されていた。以前から面識があり、仲が良かった漢族の女性警察官と施設内で再会した際、「ここでは電気棒を膣(ちつ)や直腸に入れる拷問やレイプが横行している。その調査に来ている」と打ち明けられたという。
入所者には著名な作家や学者、経営者、宗教者、高等教育を受けた市民が数多くいた。海外の留学先から帰国させられた若者たちもいた。若い入所者たちに「祖国」の題で作文を書かせ、全員が朗読した時のことが忘れられない。
「私は祖国が大好きです。親が大金を使って米国に留学させてくれましたが、両親や友人に会うため帰国しました。空港に着いてすぐ、中国語を勉強するためにここに来ました。親には会わないままです。このような機会を与えてくれた政府と共産党に感謝します」
「私は祖国が大好きです。私には4人の子どもがいます。中国語を勉強するためにここに来ることになったとき、一番下の子は生後15日目で、私は授乳をしていました。このような機会を与えてくれた政府と共産党に感謝します」
「私は祖国を愛しています。婚約者が挙式の1週間前に亡くなり、数日後に私はここに来ました。このような機会を与えてくれた政府と共産党に感謝します」
感情を押し殺して朗読する若者を見て、ケルビニュールさんは「自分の状況を必死に伝えようとしているんだ」と気付いたという。オランダで暮らす一人娘を帰国させないため、娘に会いに行く名目で19年に出国し亡命した。「収容所は教育を名目にウイグル族の肉体と精神を破壊する場所です」と語り、涙を拭った。
■親族と音信不通
カザフスタンとの国境に近いグルジャ市出身のウイグル族で、英国に亡命したラヒマ・マフムトさん(51)は、故郷に残る兄たちと17年1月以降、全く連絡が取れなくなった。現地からの情報で、施設に収容された人たちは隣接する工場で働かされていると知り、家族の身を案じる日々が続く。
新疆では、当局がウイグル族に不妊手術を強要しているとの疑惑が取り沙汰され、出生率が激減している。「中国政府はウイグルのアイデンティティーや文化を壊し、漢族との同化政策を進めている。ウイグル族は絶滅の危機にある」。ラヒマさんは自身に言い聞かせるように言葉を継いだ。「でも私たちが生きている限り、それは実現しない」
(北京・坂本信博)