西日本新聞 2022/4/11
中国当局による少数民族抑圧が懸念される新疆ウイグル自治区を来月、バチェレ国連人権高等弁務官が訪れる。ウイグル族住民の「再教育施設」への大規模収容や強制不妊処置の疑惑解明に期待がかかるが、中国側の監視や妨害を受けずに現地調査できるかは不透明。西日本新聞が中国の公式統計を基に自治区の不自然な出生率低下を報じた後、関連統計の非公開化が進んでおり“情報隠し”の壁を越えられるかも焦点となる。 (北京・坂本信博)
【画像】新疆ウイグル自治区の出生率の推移
「ウイグル急減隠す? 中国統計、消えた出生率」。元日付の本紙に大見出しが躍った。中国政府が30年以上にわたってほぼ毎年公表してきた地域別出生率(人口千人当たりの出生数)の項目が、2021年版の「中国統計年鑑」からなくなったとの内容だ。
それまで本紙は18年以降に自治区で出生率が急減した事実を報じ、少数民族を狙い撃ちにした人口抑制策が実施された疑惑を指摘してきた。21年版年鑑から地域別出生率の統計項目が消えたのは、これ以上追及されないためではないか。元日付記事の背景にはこうした問題意識があった。
中国統計年鑑は全31省・自治区・直轄市のデータをまとめた全国版の資料。ならば、まとめる前段階の各省の統計年鑑には出生率が記載されていないのか。今年3月に公表された21年版「新疆統計年鑑」を調べたが、出生率は19年までしか記載がなく、20年の欄は空白だった。一方、同様に少数民族が多いチベット自治区や内モンゴル自治区の21年版年鑑には20年の出生率が記載され「新疆の情報隠し」が際立った。
新疆の21年版年鑑は地域ごとの民族別人口や不妊処置件数も2年連続で不記載となっていた。ウイグル族が人口の8割超を占める地域で不妊処置件数の急増や出生率の低下が著しい、と指摘した本紙記事が影響した可能性がある。
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新疆では、伝統的に多産なウイグル族の脱貧困対策として産児制限が進められてきた側面がある。不妊処置件数の増加と出生率の減少は「地方政府のトップが中央政府に誇る『成果』だった」と北京の外交筋は指摘する。
だが、本紙の推計では、新疆の20年の出生率は新疆でウイグル族への統制が強まった14年から6年で半減し、中国全土の平均や少子化が進む北京よりも下回った。統計の一部を非公開にしたのは、少子高齢化が国家の重要課題となり、国際社会でも新疆の産児制限が問題視されるようになった今、かつての「成果」が当局にとって「不都合な事実」となった証しと言える。
本紙が出生率や不妊処置件数の統計にこだわるのはなぜか。数字の向こうに一人一人の人間がいるからだ。国連のジェノサイド条約は「集団内の出生防止を目的とした措置を課すこと」は集団虐殺に当たると明記している。出生率急減が示すように「ウイグル人をこの世から消すたくらみ」(在日ウイグル族男性)が実行されていないか、検証は欠かせない。本紙は新疆政府に不妊処置件数の民族別データなどの開示を求めたが、回答はないままだ。
5月に予定されるバチェレ氏の新疆訪問について、中国側は「交流と協力の促進が目的」と主張。新疆の人権問題批判は内政干渉との立場を崩していない。ただ、人権問題に国境はない。中国も世界人権宣言や国際人権規約に賛同している。専門家による自由な現地調査を認め、人権状況を明らかにすることは、大国となった中国の責務だ。
本紙のこれまでの報道
西日本新聞は2014年から18年までに、中国新疆ウイグル自治区の不妊手術件数が18.8倍に急増したことを中国の公式統計を基に報道。18年時点で不妊手術を受けた人の99%が、カシュガルなどウイグル族が人口の8~9割を占める3地域に集中していたことも報じた。さらに、新疆の出生率(人口1000人当たりの出生数)が14年の16.44から20年は7.01に半減し、ウイグル族に狙いを絞った人口抑制策が実施された疑いを指摘した。
中国政府は昨秋公表した新疆の人口動態に関する白書で「過去20年のウイグル族の人口増加率は全国の少数民族をはるかに上回る」と強調。不妊手術の強制も否定し「自主的な選択」と主張した。ただ、14年以降に新疆の出生率が半減したことには触れていない。
https://news.yahoo.co.jp/articles/05fd99f627503ace7380aaddb6ac4e259c36b4c4?page=1