東トルキスタンで行われた核実験について


東トルキスタンで行われた核実験について

1.中国核実験の概要

日本は最初の被曝国です。しかし唯一の被曝国ではありません、また最大の被曝国でもありません。
中国は、東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)で核実験を行い、周辺住民への甚大な被曝と環境汚染とがもたらされています。

中国は1964 年から1996 年まで東トルキスタンのロプノールの核実験場において、延べ46回、総爆発出力22メガトン(広島原爆の約1370 発分)の核爆発実験を行った。1964 年10月16日に20キロトンの地表爆発型の実験を始めて行い、最大の核爆発出力は1976 年11月17日の4メガトンの地表核爆発である。中国の核実験の実態は長い間、不明でした。

ロプノール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界ウイグル会議のドルクン・エイサ氏によると1980年代に東トルキスタンで学生たちがデモでロプノールでの核実験に反対していたという。

しかし中国の外へ知られることはなかった。

1992年にウイグル人、アザト・アキムベク、ユシュムべク・ムフリーシが世界核被害者大会で被曝の状況を訴え[1]、1998年にはイギリスのチャンネル4で「Death on the Silk road」というドキュメンタリーが放送された。しかし、日本ではあまり東トルキスタンの被曝の状況が知られることはなかった。

2008 年に札幌医科大学の高田教授がカザフスタンのデータとNEDIPS、RAPS[2]の計算システムにより分析し、100万人以上の死傷者、被曝者がでたと推論した。

核実験の中でも「地表核爆発」は、地表物質(砂礫など)と混合した核分裂生成核種が大量の砂塵となって、周辺および風下へ降下するため、空中核爆発と比べて核災害の範囲が大きくなります。このような危険な実験を、中国政府はウイグル人などの居住区で行ってきた。

実験場から1000キロ離れたカザフスタン、キルギスタンでも人体に影響のある放射線量であると言う。核実験は1996年まで行われてきたが、現在においても東トルキスタンの人々の健康被害と環境被害とは続いていると思われる。

2.ほかの核保有国の核実験との比較

中国が核保有国であり、核実験をしたことは知っている人は多いが、核実験により甚大な被害がでていることはまだ余り知られていない。

表1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表1[3]を見てもアメリカ、旧ソ連が核実験回数、総爆発威力が他国を圧倒しており中国の核実験については回数だけでは被害の状況は伝わってこない。アメリカは太平洋上(ビキニ環礁、エニウェトック環礁)、ソ連は北極海(ノバヤゼムリャ島)で大規模な核実験を実施してきた。

特に日本人にとって忘れられないのはアメリカが1954年にビキニ環礁で行ったブラボー実験である。15Mtの水爆によりさんご礁を吹き飛ばした「死の灰」が降下し第五福竜丸の乗組員23名が被曝し、久保山愛吉さんがその年に亡くなられたことは良く知られている。

アメリカ、ソ連、イギリス、フランスは洋上、北極で大規模な実験を行い、内陸では規模の小さい核実験をしているのが特徴です。

表2

 

 

 

 

 

 

 

 

他の国にはない中国の核実験の特徴としては内陸、居住区域付近での地表大規模核実験です。

表2[4]で見てわかるように内陸での地表核実験としては他国と比べると桁違いに巨大な核実験をしている。アメリカ、イギリス、フランスは65kt以下なのに対して中国は最大4000ktと桁違いに巨大である。内陸でのメガトン級地表核実験を行ったのは中国だけである。

同じ内陸、共産圏だったという共通の要素のあるセミパラチンスク実験場とロプノール実験場を比較して見ます。

ロプノールの46回と比べてセミパラチンスクが456回と10倍ほどの実験回数を実施しています、しかし総爆発威力はセミパラチンスクが18Mtに対してロプノールが22Mtと上回っており平均すると中国の方が10倍以上大きな核爆発をしていたことがわかります。核爆発威力の内訳もセミパラチンスクでは大気圏内(空中、地表)の爆発威力が40%以下なのに対して中国では大気圏内(空中、地表)の核爆発威力が90%以上を占めています。

大気圏内(空中、地表)での総爆発威力を比較するとソ連が7Mtなのに対して中国は20Mtを超えています。またセミパラチンスクではメガトン級の地表核実験は実施されていません。

表3

 

 

 

 

 

(セミパラチンスクのメガトン級の核実験としては1955年に空中爆発1.6Mtを1度実施)

3.地表核実験の危険性

図2-

 

 

 

 

 

 

 

地表核爆発がなぜ危険なのでしょうか。核爆発時の放出エネルギーは熱線、爆風、初期放射線、残留放射線があります。広島、長崎の原爆では直下

の熱線、爆風、初期放射線が住民に被害を与えました。一般に核実験場では直下の住民への被害はなく残留放射能による被曝が問題となります。

中国を除いて各国の核実験場は安全地帯が設けられており

熱線、爆風、初期放射線が直接被害をもたらすことはありません。空中爆発と地表爆発の違いとして空中爆発は熱線などで燃えた少量の灰など放射性物質の量が少なく粒子が小さいため多くは成層圏まで上昇し、希薄化する。そのため爆発規模の割には重大な被害は発生しない。[5]

図3

 

 

 

 

 

 

 

 

これに対して地表爆発は地表の土壌、砂礫など粒子の大きなものを大量に巻上げ風下地域に大量の放射性物質を降下させるため重大な被害をもたらす。[6]

図4

 

 

 

 

 

 

 

核実験の被曝被害で重要な要素は単純に爆発威力、実験回数ではなく

内陸の人口の多い居住区で行われたか、地表爆発か、爆発威力はどうかが重要です。

中国が初の核実験を行ったのは1964年10月16日であり1963年にはPTBT(部分的核実験禁止条約)が締結されておりこの条約は当時すでに大気圏内での核実験により住民に被害がもたらされていることが分かり反核運動が盛り上がるなかでPTBT[7]が締結されました。

アメリカ、ソ連などは核実験を大気圏内での実験から地下核実験に移行しており中国も地表核実験の危険性については十分に知っていました、しかし中国は大気圏内の核実験を1981年まで実施しました。

 

1982年以降は地下核実験であるといわれています、しかしアニワル・トフティ氏が2009年3月の日本ウイグル協会の講演時に1993年にクムルの羊飼いの老人から聞いた証言として

「その老人は「自分は神を見たことがある」といった。それは太陽の100倍もの明るさだった。そして地面が大きく揺れて、凄まじい嵐になったという。彼は半身ケロイドとなった。軍人が彼を病院に連れて行き検査をした。そして彼の羊を百頭以上の羊を全て買い取ったという。老人は、それから2年後になくなった。」と話しました。[8]

 

 

アニワル氏の聞いた体験談は核実験時のものと考えられるが1993年は既に地下核実験に移行した時期である、しかし羊飼いの老人が核実験の火玉を見たということは地下核実験とはいえないものだったといえます。

本来、地下核実験は核実験場周辺の住民に対して影響を与えない為に放射能を地下の深い所に封じ込めて行われます。しかし核爆発は産業に利用できるのではないかと考え、あえて地下の浅いところで核爆発させて表土を吹き飛ばすクレーター型爆発というものが考えられました。

中国の地下核実験もクレーター型爆発だった可能性があります。

 

図5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カザフスタンのデータからはロプノールから北西のマカンチ方面の中国の核実験の放射線量が分かりますが全ての核実験のデータが得られたわけではありません。

4メガトンの地表爆発はどちらの方向が風下地域なのかは今の所分かりません。マカンチ以外でも少し南のジャルケントなどでも被害の証言があり被曝の被害が広範囲に広がっている能性が高いと考えられます。[9]

 

4.「Death on the Silkroad」について

中国の核実験が行われた東トルキスタンでは奇病、癌の発生率が中国のほかの地方に比べ高く、核実験の影響によるものと考えられる。1998 年の7、8月にlイギリスのテレビ局チャンネル4で、「Death on the Sik road」というドキュメンタリーが放送された。このドキュメンタリーで現地調査したのがウイグル人医師のアニワル・トフティ氏です。

アニワル氏は外科医としてウルムチの病院に勤務していたときに中国本土に住む漢人と比べてウイグル人の癌発生率が高いことに気付き2年間の調査でこれが核実験と関連があることを確信した。

1998年にアニワル氏はチャンネル4の取材班として極秘に東トルキスタンの村々を訪問し、被曝によると思われる人々の健康調査を行った。核実験は中国本土に影響が少なくなるよう、東から西に風が吹くときを選んで行われた。このため、ロプノールから西に向けて核生成物質が大量に降下したと考えられる。実際に、口唇口蓋裂ばかり、あるいは大脳未発達の赤ちゃんばかりが生まれる村もあったという。

ウイグル人の癌の発生率は70年代から急増、1990年代以降には中国全国の発病率に比べ30%以上高い数値を示している。中国政府は核実験の被害を公表せず、現地調査も許可しないため、40年以上に渡って被曝者たちは放置されてきている。

図6-7

 

 

 

 

 

 

 

 

5.まとめ

核保有国はどこも自国の核実験の被曝被害に対して非常に消極的である、しかし各地域の被曝者が声を上げた結果、どの国も限定的だが調査、補償など実施されてきている。

下記の表4に簡単にセミパラチンスクとロプノールの状況を比較する。今のところ中国の核実験に対する調査、住民への補償は一切行われてはいない。現地の被曝者への支援活動はできないのが現状であり、過去にウルクス・イリエワ原水爆禁止世界大会で訴えたものの反核、平和団体からの支援などは今のところありません。[10]

表4

 

 

 

 

 

#中国は退役軍人に対する支援のみ開始した。[11]

 

現地での調査が現状難しいためカザフスタンにある旧ソ連の第四診療所のデータなど分析する必要性があるかもしれません。また診療所の所長であったボリス・グシェフ博士の論文[12]もそれほど知られ分析されているようにも見えません。
まずはこの問題を多くの方に知ってもらい現状を把握することから始めなくてはいけません。

 

参考資料


[1] 1992年9月26日 朝日新聞 「中国核実験で周辺に気象異常~ウイグル自治区の元住民が実情報告」
「核問題ハンドブック」(和田長久氏、原水禁編 七つ森書館)
[2] 「中国の核実験」(高田純氏著、医療科学社)
[3] 「核兵器辞典」(小都元氏著、新紀元社)など。
「The Nuclear Weapon Archive」
http://nuclearweaponarchive.org/index.html
「United States Nuclear Tests July 1945 through September 1992」
http://www.fas.org/nuke/guide/usa/nuclear/usnuctests.htm
[4][5][6] 「中国の核実験と周辺住民の被曝 ―カザフスタンから垣間見られた放射能汚染―」
羽倉洋行氏、一瀬昌嗣氏著
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~sokened/sokendenshi/vol4/chinaNukeTests.pdf
[7] ATOMIKA
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=13-04-01-12
[8] シルクロードにおける中国の核実験災害と日本の役割
http://www.youtube.com/watch?v=9hdv2pDOmMs&feature=fvwrel
[9] 中国新聞「ロプノルの影」
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/ropunoru/index.html
[10] 原水協「被爆者援護連帯」
http://www.antiatom.org/GSKY/jp/Hbksh/j_kazakh.htm#ulks
[11] “8023”军人获国家补助
http://mil.news.sina.com.cn/2008-02-04/1107484431.html
[12] ボリス・グシェフ氏は「DTRA-TR-07-44 」などの論文を書いている。
http://www.usuhs.mil/afrri/outreach/pdf/DTRA-TR-07-44.pdf