中国の「越境弾圧」各国記者の団体が調査公表 中国政府は反発
- 2025/4/28
- ウイグル情勢

NHKニュース 2025年4月28日 19時19分
中国から海外に移り住み、中国政府に批判的な主張をしている民主活動家や少数民族の人たちがみずからや家族に対する監視や脅迫などの被害を各地で訴えていることが、世界各国の記者でつくる団体の調査でわかりました。
調査では、中国当局が関与する国境を越えた弾圧「越境弾圧」だと指摘したのに対し、中国政府は「ねつ造された根拠のない非難だ」と反発しています。
目次
- 東京在住の香港出身民主活動家も被害に
- 顔に「赤いバツ印」 両親のもとに
- フランスで抗議活動中 警察官から両親に電話が
- 各国 警戒強める動き 実態把握する難しさも
- 専門家「氷山の一角 手段は高度化している」
ニュース7(4/28放送)
【NHKプラス】配信期限 :5/5(月) 午後7:30 まで
この調査は「ICIJ=国際調査報道ジャーナリスト連合」がとりまとめ、日本時間の28日午後、公表しました。
それによりますと、今回の調査では、中国や香港から海外に移り住み、中国政府に批判的な活動や主張をしている人たちがみずからや家族に対する監視や脅迫などの被害を受けたとする証言やそれを裏付ける証拠、中国当局のものだとする内部文書などをもとに各国での実態を検証しました。
その結果、被害を訴えている人は、アメリカやイギリス、ドイツなど23の国と地域で合わせて105人に上ったということで、調査では、中国や香港から海外に逃れた民主活動家や人権活動家、ウイグルの人たちなどが標的となっているとしています。
また、具体的な被害の訴えとしては、監視や脅迫、ハッキングなどを挙げているほか、被害を訴えた人のうち、中国や香港に残る家族が脅迫されたり、当局の取り調べを受けたりしたと証言した人が半数に上ったということです。
こうした手法は、ICIJがドイツ人研究者、エイドリアン・ゼンツ博士から提供を受けた中国の捜査当局のマニュアルとされる内部文書にも記載されていて「中国当局が海外における反対意見を抑え込むために同様の手法を用いていることがわかった」としています。
こうした検証結果から、調査では、被害の訴えについて「海外に移り住んだ人たちを抑圧したり、脅したりするために、中国政府が仕掛けた巧妙かつ世界規模の取り組みだ」として、中国当局が関与する国境を越えた弾圧「越境弾圧」だと指摘しています。
一方、今回のICIJの指摘に対してアメリカにある中国大使館は「中国政府は国際法と他国の主権を厳格に順守している。『越境弾圧』という概念は、中国を中傷するために一部の国や組織がねつ造した根拠のない非難だ」として強く反発しています。
東京在住の香港出身民主活動家も被害に
今回のICIJの調査では、日本でも中国当局の関与が疑われる「越境弾圧」が1件確認されたとしています。
被害を訴えているのは、東京で暮らす香港出身の民主活動家、李伊東さんです。
李さんは、10年前に留学のため来日し、その後、建築関係の仕事をしていましたが、6年前の2019年に地元に戻り、当時、香港で広がった民主化などを求める大規模な抗議活動に参加するようになりました。
しかし翌年、反政府的な言動を取り締まる「香港国家安全維持法」が施行されるなど当局の締めつけが強まる中、再び日本に拠点を移し、香港の民主化を訴える団体の代表として活動を続けています。
今回のICIJの調査に対し、李さんは、香港の当局の関与が疑われる嫌がらせなどについて証言しています。
具体的には、去年8月、香港にある両親の家に日本国内で活動する李さんの写真の画像と脅迫の手紙が送られてきたといいます。
顔に「赤いバツ印」 両親のもとに
写真には李さんの顔の部分に赤いバツ印がつけられ、手紙の中では、李さんが「香港の独立や中国政府の転覆を扇動している」などと主張し「息子は『裏切り者』だ」とか「親が最大の責任を負う」などと書かれていたということです。
差出人の名前はありませんでしたが、李さんは、手紙が両親が引っ越したばかりの住所に届いたことや、自身が幼いころに改名したという、限られた人しか知らない事実に触れていることから「このような情報を正確に持っているのは政府機関以外にはないと思います」と話し、香港の当局が関与しているのではないかと考えています。
また、脅迫の手紙が届いた後、李さんの両親が経営する洋服店に関する苦情が寄せられているなどとして、香港の消防や保健当局の関係者が多い時で週に1回ほど店に立ち入り検査をするようになったともいいます。
「単なる嫌がらせでなく 家族を通して圧力」
李さんは「正直、大きなショックを受けました。まず両親のことをすごく心配しました。両親は、ずっと静かに香港で暮らすことだけを望む普通の市民でしたが、このような形で巻き込まれ、申し訳なく感じています」と話しています。
その上で「単なる嫌がらせではなく、家族を通して圧力をかけて、私に活動をやめさせようとする目的があると思います」と訴え、中国政府に批判的な活動を抑え込むのがねらいではないかと指摘しています。
李さんは、香港の民主化を訴える日本での活動にも影響が出ていると懸念していて「私と少し距離を置こうとする気持ちを持っている人がいるようです。特に、香港の人たちの集まりに呼ばれなくなってしまいました。その気持ちは理解できますが、孤立感や無力感を感じます」と話しています。
フランスで抗議活動中 警察官から両親に電話が
今回のICIJの調査では、中国を離れてフランスやイギリスなどで暮らす人たちが訴えた具体的な被害のケースを明らかにしています。
このうち、北京出身でフランスに移住した、芸術家で活動家の31歳の男性は、去年5月に中国の習近平国家主席がパリを訪問したのに合わせて香港やチベットの人たちとともに参加した抗議活動で演説を行いましたが、この際に中国当局が関与したとみられる圧力を受けたと証言しています。
具体的には、この数日前に北京にいる両親から男性に電話があり、私服の警察官が数か月前から何度も両親のもとを訪れ、レストランの個室などで面会するよう強いられていたと伝えられたということです。
また、男性が抗議活動に参加していた最中にも警察官から両親に電話があり「あなたたちの息子が海外で中国の法律に反する行動をしてきたことを見て見ぬふりをすることもできるが、もし、フランス訪問中の指導者を当惑させるような行為をすれば、対応が困難になる」と警告してきたとしています。
男性は2018年にフランスに移り住み、中国の人権問題や文化政策などを批判する団体のリーダーとして活動をしていますが、ほかのメンバーの家族にも同じような圧力がかけられ、団体をやめる人も出ているということです。
「たとえ自由な国で生活していても…」
この男性はICIJに対し「私たちはたとえ自由な国で生活していても、怖くて声を上げることができず、中国共産党からの嫌がらせにさらされている」と話しています。
ICIJの調査では、中国で習近平氏が共産党の総書記に就任した2012年以降、こうした「越境弾圧」の動きが強まったという見方を伝えています。
各国 警戒強める動き 実態把握する難しさも
今回のICIJの調査で多くの被害の事例が確認された国のうち、アメリカでは司法当局が中国当局の関与による「越境弾圧」への警戒を強めています。
アメリカ司法省は「越境弾圧」について「外国政府が国境を越えて個人に危害を加えたり、脅迫や嫌がらせをしたりすること」と定義し、狙われる対象として反体制派や活動家、ジャーナリスト、少数民族などを挙げています。
司法省の高官は2022年3月の記者会見で「中国政府はアメリカ国内で言論封殺を試みている。国境を越える弾圧はアメリカの民主主義を弱体化させようとしている」として、中国を名指しして「越境弾圧」を批判しました。
また、FBI=連邦捜査局は「越境弾圧」の具体的な手段として、尾行や偽情報のキャンペーン、嫌がらせ、脅迫に加えて、出身国への帰国の強制や出身国の家族や友人への脅迫などを挙げています。
また2022年以降「越境弾圧」に関する事件を公表していて、この中では、中国やイランの関与を指摘するケースが目立っています。
司法省の発表などによりますと、このうち中国からアメリカに移り住んだ歴史学者の男性が、外国政府の代理人として違法に活動したなどとして有罪判決を受けた事件では、この男性が、中国の国家安全省の職員の指示のもとで香港やウイグルの活動家などの情報を収集して報告していたとしています。
この男性はニューヨークで中国の民主化を求める団体の設立に関わり、そのメンバーとしての立場を利用して集めた情報を中国の当局者との間で秘匿性の高い通信アプリを使ってやりとりしていたということです。
一方、ICIJは、ここ数年の間に、ヨーロッパ議会がEU=ヨーロッパ連合の加盟国に対して中国などによる「越境弾圧」に協調した対応を取るよう呼びかけたことや、スイスで行われた調査で中国による「越境弾圧」が民主主義に対する脅威だと結論づけられたこと、それに、イギリスでもこの問題の調査が始まったことを例に挙げて各国で対応する動きが出始めているとしています。
ただ、中国が代理人や間接的な手段を使っていることから嫌がらせなどを国家による行為だと結びつけるのは難しいといった見方も伝え、実態を把握する難しさも指摘しています。
中国「根拠なく中傷する勢力に反対」
中国外務省の郭嘉昆報道官は28日の記者会見で「われわれは、中国の正常な法執行と司法協力を根拠なく非難し、中傷する一部の悪意ある勢力に反対する。中国は厳格に法に基づいて外国との司法協力を行っており、外国の法律と司法の主権を十分に尊重し、関係者の合法的な権益を保護している」と主張し、ICIJの指摘を否定しました。
専門家「氷山の一角 手段は高度化している」
中国の人権問題などに詳しい東京大学大学院の阿古智子教授は「氷山の一角だと思う。疑いがあると思っても、誰がそういうことをしているのか、どのような目的があるのかをきちんと検証するのは難しく、本来はもっとたくさんあると思われる」という見方を示しました。
その上で「意図的に、人々に恐怖感を持たせる形で圧力をかけているので、そうした政治的な体制が変わらないかぎり、国境を越えた弾圧は行われていくし、その手段は高度化しているので、それを明らかにするのは非常に難しい」と述べました。
習近平指導部のもとで「越境弾圧」の動きが強まったという指摘については「以前は、国家主席は2期までしかできなかったが任期をなくしたことで、正統性を確保するのが非常に難しくなった。より一層、不満や不平の声をおさえることが必要になってきた」と分析しました。
また、「越境弾圧」の事例が日本でも確認されたことに対し「法律や制度において言論の自由などがある程度、保障されているとしても、人も情報も国境を越えて行き交う中で、国境を越えた形で圧力を受けることが当たり前になってきているという意識を高めていくべきだ」と述べ、危機意識を持つことの重要性を指摘しました。
そして「日本政府は、日本の言論空間、民主主義を促進していくための空間をどのように守っていくかもっと考えて、実際の具体的な行動を行うべきだ」と述べ、対策を講じる必要があるという考えを示しました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250428/k10014791681000.html