今のウイグルは「1984」の世界 留学した日本人写真家語る

日刊ゲンダイ 2021.5.3

アメリカ合衆国大統領がトランプからバイデンに交代するやいなや演出された米中対立。その最重要カードになっているのが新疆(しんきょう)ウイグル自治区の人権問題だ。ファーストリテイリング、無印良品、アシックスなど日本のアパレル企業も”強制労働問題”を国際社会から追及された。ウイグルを現地取材し続ける記者は多くはないが、フォトジャーナリストの川嶋久人氏は新疆大学にも留学したことがあり、ここ10年は毎年のように撮影に通ってきた。川嶋氏には何が見えているのか。
(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)

◇  ◇  ◇

――中国の新疆ウイグル自治区に突如、国際社会の目が向くようになりました。背後にどのような狙いがあると分析していますか。

中国政府によるウイグルに対する人権弾圧が酷いのは確か。自由と民主主義の国・米国からすれば、それを批判するのはもっともです。しかし同時にその背景には、経済力でアジア、そして世界の覇権を握ろうする中国に対する危機感があるのではないでしょうか。21世紀に入ってから始めた「アフガニスタン侵略」「イラク侵略」の泥沼化によって、世界の「覇権国家」「超大国」である米国はその地位が相対的に低下しました。また、中国と世界の覇権争いをしていたトランプ前大統領の「アメリカ・ファースト」によって、結果的に超大国としての影響力は下がりました。バイデン政権は米国の超大国としての地位を回復するために、それゆえにプロパガンダ(政治宣伝)的要素が強いわけですが、中国政府がその侵害にまったく意を介さない人権という視座から、ウイグル問題を取り上げているのだと思います。

訪れるたびに撮影は難しくなっている
――これまでのウイグルを何回くらい取材したのですか。

私は2009年から年に一度はウイグルを訪問しています。撮影目的では15回ほど行きましたが、訪れるたびに撮影は難しくなっていますね。中国が習近平政権になってからは特に。ポートレイト(人物写真)撮影も断られることが多くなりました。ウイグルの写真が海外でどのように使われるか気になるのでしょうね。それに地方部に行くと、しばしば「あなたは記者なのか?」と現地のウイグル人に訊かれるようになりました。これは彼らがウイグルが政治的にどのような場所なのか、自分たちが政治的にどのような環境に置かれているのかを理解していることを意味しています。

また、現地のウイグル人には何度も警察に通報されました。怪しい日本人がいるという理由だったり、家で一緒にごはんを食べるから警察に許可をもらうためという親切心からのであったりですが、どちらにしろ通報されたが最後。警察署で取り調べを受けて、その町から追い出されてしまいます。

振り返ると、2009年7月5日に起きた「ウルムチ事件」(ウイグル騒乱)直後に訪れたときが一番撮影しやすかったですね。あれは区都ウルムチでウイグル人と武装警察、漢人が衝突して数多くの犠牲者が出た事件です。直近で行けたのはウルムチ事件10周年に合わせて訪れた2019年7月です。このときは22日間、自治区内を撮影して回りました。それ以後はコロナ禍で行けません。

2012年3月から1年ほど新疆大学に
――しかしなぜ、新疆ウイグル自治区に留学したのですか。

シルクロード(ユーラシア大陸を横断する交易路)の民であるウイグルの文化、伝統に惹かれたんですよね。

初めてウイグルを旅行したのは、2009年7月の「ウルムチ事件」の後で、私の通っていた日本の大学が夏休みのときでした。まだ事件のほとぼりが冷めない時期で、ウイグル人が行き交う街のなかを、漢人の警察官が物々しく警備をしていて、ここが中国であるのはなんか変だなと思いつつ驚きました。

しかしそんな状況下でも、ウイグルの方々は客人である私を丁重にもてなしてくれたんです。道端でウイグルのおじさんに声をかけられ、日本から来たんですよというと、「おぉ、マジか! じゃあウチに来い」と自宅に招かれ、チャイやナン、果物、お菓子でもてなしてくれました。彼との会話は、「家族はいるのか」「結婚はしているのか」「日本ではなにをしているのか」など他愛のないものでした。今のように情報通信が発達していない時代、シルクロードでは、客人をもてなすことによって政治や経済、そして戦争の話を聞いていたそうです。言葉が通じないときもあったでしょう。そういうときはきっと家族や仕事などの他愛のない身の上話でもしたのでしょうね。

このシルクロードの文化がウイグルには残っていて、それにまた触れたくなって新疆ウイグル自治区に留学することを決めたんです。2012年3月から1年ほど新疆大学の国際文化交流学院という留学生向けの語学クラスで勉強していました。

「新疆」とは「新しい領土」という意味
――その1年間はどのような留学生活でしたか。

留学生の9割以上が、カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタンなどかつてのシルクロードの国々から来た人たちでした。彼らもウイグルと同じように客人を大切にもてなしてくれます。国家や民族が異なり、国家間ではいろんな軋轢があるかもしれませんが、彼らが同じ文化を共有しているのだと知ることができたのはとても有意義な経験でした。

学生生活に関していまのウイグルの問題につながることといえば、宗教に関することでしょうか。オリエンテーション(説明会)が学期のはじめに設けられ、留学生のほとんどがムスリム(イスラム教徒)だということもあり、校内では宗教活動は厳禁だと説明されました。大学院に通っていたウイグル人の女性が、家族が亡くなり喪に服するため学校に黒い帽子を被っていったところ、大学当局から厳しい注意を受けたとも同級生から聞きました。

また、アフガニスタンの友人は「ウルムチでビジネスをしているアフガニスタン人の事務所には突然警察の取り調べが入ることがあるんだよ」と不平を述べていました。中国当局が極度に「異物」を恐れている印象を受けました。

――そもそも新疆ウイグルってなんでしょうか。

「新疆」とは「ニュー・フロンティア」「新しい領土」という意味です。中国にとって「新しい領土」ということ。18世紀中葉に清朝の版図に入り、1884年に「新疆省」と命名されました。

一方、ウイグルとはトルコと同じテュルク系言語を話すイスラームを信仰する民族のことです。中華人民共和国では、全人口の94%を占める漢人以外の民族的マイノリティーに属する人たちを「少数民族」と呼称します。55ある少数民族のなかでウイグル人は、チベット人、モンゴル人、チワン人、回人と同じく「自治区」をもつ民族です。日本でウイグル人とトルコ人が自分たちの民族言語を話して交流しているのを見ると、ウイグル人もトルコ人も同じ「出」なんだなと感じます。新疆人は民族を問わず北京、上海などの新疆以東のことを「内地」と呼びます。沖縄の人が県外の人を内地人(ナイチャー)と呼ぶのに似ています。

ウルムチの人民公園には「人民解放軍新疆進軍記念」の碑が
――自治区といっても中国の植民地だったということなんでしょうね。

区都であるウルムチの人民公園に「人民解放軍新疆進軍記念」の碑があります。この地が昔、中国領ではなかったことを指し示す場所です。このことについて日本に留学経験のあるウイグル人に話したら、「いいところに気づいたね」と言われました。

新疆に来る中央アジアの留学生は自分たちの民族言語を話せばウイグル人に通じるように(ペルシャ系言語を話すタジキスタン人を除く)、中国とはいまだに距離感があります。そもそもウイグル第二の都市であるカシュガルは、シルクロードの要衝として栄えた土地なんです。それを考えると、ウイグルが中国であることの違和感を特に覚えます。カシュガルは北京よりトルコのほうが距離的に近いですから。

2018年には検問所、監視カメラなどが劇的に増加
――最近のウイグルはどのような印象でしたか。

2018年1月に訪れたときは、警察、国旗、検問所、監視カメラの数が前年に比べ劇的に増加していました。まるでジョージ・オーウェルの『1984』の世界です。

翌19年は、国際的批判を浴びたためか、目に見える形での圧力は緩和されていました。ただし、当局によるえげつない監視という圧力があります。警察やスパイです。真夜中に警察官が私のホテルの部屋に訪問してきたり、見知らぬ男がホテルのロビーで待ち受けていて、外出すると私を尾行してきたりしました。滞在中は絶えず警察やスパイが付け回してくるので、被写体を探すことより、そちらに気を配らなければいけません。尾行してくる民族は漢人やウイグル人を問いません。警察署に連れて行かれ何時間も取り調べを受けるのはしょっちゅうありました(冒頭の写真)。撮影した写真も削除されました。ただ地元警察官も、外国人に対するスパイがいるということを知らない可能性があります。あるウイグルの女性警察官に「尾行されているんだよ」と告げたら、「私たちは警察よ、あり得ない」と憤っていましたから。

チベット弾圧をした陳全国が新疆に着任
――昔から市民への監視は厳しかったのでしょうか。

2008年の北京オリンピックを経た翌09年の「ウルムチ事件」後、中国政府による監視がとくに厳しくなってきたと聞いています。しかし、いまのように国際的批判を浴びる状況になったのは、16年8月にチベット弾圧で「辣腕」を振るった陳全国氏が新疆の共産党委員会書記に着任してからです。彼は「一帯一路」政策を進めるために、「テロ」対策と称してウイグル人弾圧を強行してきました。

――「一帯一路」は中国が欧州にまで広げるアジアの経済圏構想ですね。

はい。新疆はモンゴル、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インドと接して、チベット自治区の北に位置します。インド、パキスタンと領有権を争うカシミールの中国実効支配地域の大部分も新疆に属します。また新疆は、石油も採掘され、地政学的に中国政府にとって非常に重要な土地であるわけです。「一帯一路」建設には民族問題のくすぶる新疆の「安定」が絶対なんです。

モスクが壊されイスラームとは無関係の店舗に
――陳全国が着任してからのウイグル自治区の様子は?

18年や19年に行ったときには、モスク(イスラーム礼拝所)もかなり破壊され、イスラームとはまったく関係のない店舗に改装されていました。それでもモスクはまだ残っていて礼拝も行われているのですが、モスクの周囲には警察が張り込んでいます。「アッサラーム アレイクム」というイスラームの決り文句のような挨拶も人前ではもうできません。

女性でスカーフを頭に巻いている人もほとんどいませんし、特に若い女性でスカーフを巻いている人は皆無です。2018年には改正宗教事務条例が施行されてからイスラームへの規制は強まっています。さらに強制収容所とも言える再教育施設に入れられているためか、街の人口が減少していて、閉鎖した店舗も増えていました。

消毒されるウルグイ文化
――ウイグルの伝統的な文化はほぼなくなってきている?

ウイグルの文化はあるにはありますが、“消毒”されたものになっています。街が観光客向けにテーマパーク化していると言ったらいいでしょうか。市民には笑顔がありませんし、ここ数年、漢人の観光客が増加しています。漢人が経営する豚肉料理のメニューがある料理店で働くウイグル人もいます。豚のイラストが描かれたTシャツを着るウイグルの若い女性もいます。

御存知の通り、ムスリムは豚肉を食べるのを禁じられているのにですよ。本人の意思に関係なく豚肉を食べざるを得ない環境になってきているのかもしれません。あと、以前はウイグルの食堂にタバコ灰皿は置いていなかったのに、いまでは灰皿を置く食堂が増えていますね。これも「中国化(漢族化)」の影響でしょう。

バザールからも人が消えた
――戦後、占領された日本が急速にアメリカナイズされていく様子と似ているのかもしれませんね。

確かに敗戦後の日本のありように似ているかもしれませんが、それ以上に、日本植民地時代の朝鮮半島のありように似ているのではないかと思います。在日コリアンの友人や南朝鮮(現在の大韓民国)出身の祖父をもつ中国の朝鮮族出身の友人にウイグルの写真を見せたら、日本植民地下の朝鮮半島の状況に似ていると言われました。そのとき同化政策により「民族」を奪われたのは、時代は違えど、ウイグルも朝鮮も同じなのだと気づかされました。そして一方で新疆には、このような同化政策を含め新疆社会のありように疑問を抱いている漢人の若者も少なからずいると思います。区都ウルムチのバーで日本語の話せる漢人の若者とお酒を飲んでいたら、「正直俺たち漢人は、ウイグル人にどう見られているの?」と訊かれました。

――現地の知り合いの様子に変化はありましたか。

2019年にウイグルに行ったときは、知り合いに会ってもよそよそしくされました。以前は招いてくれた自宅にも招かれなりくました。バザール(市場)にいる知人に、数年前に撮影したポートレート写真を渡しに行ったのですが、彼はそこにはいませんでした。職場の同僚に、彼はどこに行ったのかと訊いても、答えてくれないという状況です。強制収容所にいるのか……ともかく良くない状況なのだということは察しました。とても活況のあったバザールも賑わいがなくなっていました。

「漢人に期待したい」
――ウイグル自治区独立論もいろいろな人が主張していますよね。

「独立」が唯一の解決策なのかは議論があるところです。私は以前ウイグルに関する新聞のインタビューで、ウイグルが自分たちで自分たちのことを決められる環境になってほしいと述べたことがあります。

これに対し、ウイグルは中国から独立しなければならない、独立以外の選択肢はあり得ない、独立以外の意見は中共(中国共産党)寄りだと、ネット上で当事者でもないのに口角泡を飛ばすように反論する日本人がいました。彼らの発言を聞いていると、結局のところ、意見の押し付けという意味では極めて全体主義的というか、中国共産党的だなと感じました。多くのウイグル人が独立を求めているのは事実ですが、その一方で独立ではなく、以前の新疆ウイグル自治区にもどってくれればいいというウイグルの友人もいます。外からウイグルの独立を煽る人は往々にして、ウイグルを「反中」の道具に使っているだけなのだと私は感じます。

――外からの思惑によってますます混沌としてきたウイグルですが、今後どうなると見ていますか。

習近平政権が続くかぎり、この状況は改善しないのではないでしょうか。かりに制度として、状況が悪くなる前と同程度の自由を回復できたとしても、一度植えつけられた恐怖はそう簡単には拭えないと思います。まわりの目を気にして、心から笑える日々を送ることは難しいだろうなと想像してしまいます。欧米列強国による中国批判もどこまで効果があるのか疑問です。

と、そんなふうに、すごく絶望的になってしまうんですが、その一方で、ウイグル人が加害者と敵視している漢人に、この状況を打開してくれるのではないかと期待しているところがあります。私のまわりには、中国政府に限らず国家権力に忖度をしない漢人の友人が少なからずいます。なにより彼ら漢人は、独裁政権を批判し続けた作家の魯迅(1881年〜1936年)が亡くなったとき、葬列の先頭に「民族魂」と大書した旗を立てた民族です。ですので私は、まだ希望は捨てていません。=終わり

(聞き手=平井康嗣/日刊ゲンダイ)

▽川嶋久人(かわしま・ひさと)1986年生まれ。フォトジャーナリスト。早稲田大学卒業後、新疆大学に留学。2009年の「ウルムチ事件」以降、継続的にウイグルを訪問。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/288606
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