BBC 2021.3.13
中国政府は西部・新疆で暮らすウイグル族など数十万人の少数民族を、自宅から遠く離れた場所で新たな仕事に就かせており、それが少数民族の分散につながっている――。そんな状況が、BBCが確認した、中国政府上層部に報告された研究で浮かび上がった。
中国政府は、新疆の人口構成を変えようとはしていないとしている。また、別の土地での仕事をあっせんしていることについては、人々の収入を増やし、地方の慢性的な失業と貧困を改善するためだと説明している。
だが今回確認した証拠からは、中国のそうした施策は強制の色合いが濃く、生活様式と思考を変えることで少数民族を同化させようとの狙いがうかがえる。これは近年、新疆で建設された、再教育のための収容施設でもみられることだ。
この研究は、政府高官が見ることを前提としたものだったが、誤ってインターネットに載せられた。その結果、政府のプロパガンダや関係者へのインタビュー、中国各地の工場への訪問などを基にした、今回のBBCの調査報道の一部となった。
BBCの報道は、移住させられたウイグル族の労働者と、欧米の2つの有名ブランドの関係性についても質問を投げかけた。そうした関係性はすでに世界的なサプライチェーンに組み込まれており、その広がりに対し、多くの国が懸念を強めている。
自発的な申し込みはゼロ
新疆南部の村の平原で、干し草が集められている。ウイグル族の家族が昔から囲んできた低い台が置いてあり、その上に果物や平らなパンが並べられている。
のどかな光景だが、タクラマカン砂漠を吹き抜ける生暖かい風は、不安と変化も一緒に運んでくる。
中国共産党系のニュース放送局は、この村の中心部で赤い旗の下に座る、当局者の一団を紹介している。旗は、4000キロ離れた安徽省での仕事をPRするものだ。
記者のナレーションは、2日たっても1人の村民も就職の申し込みに現れず、そのため当局者らが家々を1軒ずつ訪ね始めていると伝えている。
続いて、非常に強烈な映像が現れる。ウイグル族やカザフ族、その他の新疆の少数民族を、往々にして自宅から遠く離れた土地の工場労働や手作業に就かせようという、政府の大がかりなキャンペーンの一場面だ。
「他の人も行くなら」
映像が放送されたのは、この施策が本格化し始めた2017年だ。だがこれまで、外国の報道機関に取り上げられたことはなかった。
映像では、当局者たちが父親に話しかけている。父親は、娘ブザイナップさん(当時19)を遠く離れた土地に送り出すのを明らかに嫌がっている。
「行きたいという人が他にいるはずだ」と父親は訴える。「私たちはここでやっていける。このまま生活させてほしい」。
当局者らはブザイナップさんに直接語りかける。このままここにいれば、そのうち結婚し、ここから出られなくなるぞと伝える。
「よく考えろ。行くか?」。当局者らは尋ねる。
当局者と国営テレビ記者たちに凝視される中、彼女は首を横に振り、答える。「行きません」。
しかし圧力が弱まることはなく、ついに彼女は涙を流しながら折れる。
「他の人も行くなら、行きます」
映像は、母親たちと娘たちの涙あふれる別れの場面で終わる。ブザイナップさんや、同じように「集められた」新規労働者たちが、家族と故郷の文化を後にする瞬間だ。
英シェフィールド・ハラム大学で人権と現代の奴隷について研究するローラ・マーフィー教授は、2004年から翌年にかけて新疆で暮らし、それ以降も訪問し続けている。
「この映像は注目に値する」と教授はBBCに話した。
「中国政府は、人々が自主的にこれらのプログラムに関わっていると言い続けている。だが、この映像からは、抵抗が許されない強制的な制度であることがはっきりわかる」
「もうひとつ見て取れるのが、隠された動機だ」とマーフィー教授は説明した。「政府側のストーリーとしては人々を貧困から救うというものだが、生活を様変わりさせ、家族を引き離し、住民をばらばらにし、言葉を、文化を、家族構成を変えようとする力が働いている。それは貧困を減らすよりも、増やす結果を招きやすい」
「同化させるために重要」
新疆に対する中国政府のアプローチの変化は、歩行者と通勤者を襲った、2件の残虐な事件に端を発している。2013年に北京で起きた事件と、2014年に昆明で起きた事件だ。中国政府はウイグル族のイスラム教主義者と分離主義者が引き起こしたとしている。
施設への収容と遠方での就労という両方の施策の中心にあるのが、文化とイスラム信仰に対するウイグル族の「古い」忠誠心を、「現代的な」物質主義的アイデンティティーと、共産党への強制的な忠誠心に置き換えようという、中国政府の意欲だ。
ウイグル族を中国の多数派である漢族の文化に溶け込ませるという最大のゴールは、新疆における労働移動施策に関する、中国の綿密な研究で明らかにされている。この研究は中国政府の幹部らで共有され、BBCも中身を確認した。
2018年5月に新疆省和田地区で実施された現地調査に基づくこの研究報告書は、2019年12月に誤ってオンラインで公開され、数カ月間後に取り下げられた。
執筆したのは、天津市の南開大学の学者グループだ。大規模な労働者の移動については、「ウイグル少数民族に影響を与え、融合させ、同化させるために重要な方法」であり、ウイグル族に「考えの変質」をもたらす点でも大事だと結論づけている。
また、ウイグル族を居住地から引き離し、地域内の別の土地や、国内の別の省へ移住させることで、「ウイグル族の人口密度は低下する」としている。
この報告書は、中国国外で暮らすウイグル族がオンラインで発見。米首都ワシントンの共産主義犠牲者記念財団のシニアフェロー、エイドリアン・ゼンズ博士に連絡した。
南開大学が間違って公開したことに気づく前に、ゼンズ氏はウェブ上のアーカイブサイトに報告を保存。さらに、自らの分析を記し、英語の全文訳も載せた。
「これは、新疆への高度なアクセス権をもつ有力研究者と元政府関係者が書いた、前例のない、信頼できる情報だ」とゼンズ氏はBBCに話した。
「私が見るところ、この報告のもっとも衝撃的な告白は、対処が必要な余剰人口が存在し、ウイグル族の中心都市に労働者が集中するのを軽減する方法として、労働力を移動させているということだ」
ゼンズ氏の分析の中には、米ホロコースト記念博物館の元シニアアドバイザー、エリン・ファレル・ローゼンバーグ氏の法的見解が含まれている。ローゼンバーグ氏は今回の「南開報告」について、強制移動と迫害という人道に対する罪が犯されたことを示す「信頼できる根拠」を提供するものだとしている。
中国外務省は、文書による声明を発表。「報告書は筆者の個人的見解が反映されたものに過ぎず、中身の大部分は事実に沿ったものではない」とした。
「ジャーナリストには、新疆について報じる際、中国政府が発表した信頼すべき情報を基礎に置いてもらいたい」
政府の施策に「行き過ぎ」との警告も
南開大学の報告書の筆者らは、職場において「自発性の約束」が示され、工場が労働者の「自由な退職や復職」を認めることで、貧困との闘いが進められていると称賛している。
ただそうした見方は、施策が実際にどう機能しているかに関しての、筆者らの詳述と合致しない。
この施策には達成すべき「目標」が存在する。例えば和田地区だけでも、研究が実施された時点で、労働力人口の5分の1にあたる25万人を送り出している。
目標を達成するよう圧力もかかる。「すべての村に」募集事務所が設置され、当局者らには「集団動員」と「家庭訪問」が命じられた。19歳のブザイナップさんのケースはまさにそれだ。
また、すべての段階で、統制が行われていることを示す証拠が見られる。寄せ集められた人は全員、「政治思想教育」を受けてから、団体で工場へと移送される。多いときは1度に何百人も送り込まれ、「政治指導者が安全確保とマネージメントのために引率する」。
自分の土地や家畜を置き去りにしたくない農家は、留守の間に管理する政府のプログラムに、それらを差し出すよう奨励される。
新しい工場の仕事に就くと、今度は労働者らが、寝食を共にする当局者による「集中管理」の対象になる。
報告書はまた、こうした制度の中心に存在する深刻な差別が、効率的な働きを妨げているとしている。中国東部の警察は、大勢のウイグル族が列車でやって来ることに恐怖を覚え、押し返すこともあるという。
報告書はところどころで、中国政府の新疆における施策に対し、行き過ぎだったかもしれないと警告を発してさえいる。例えば、再教育施設に収容されている人々の数は、過激主義との関連が疑われる人々の数を「はるかに超えている」と指摘している。
「ウイグル族の全人口が暴徒だとは想定されるべきではない」と報告書は記す。
米企業「強制労働容認しない」
繊維関連会社の華孚は、中国東部・安徽省の淮北市にある、陰鬱(いんうつ)な工業団地の端に位置する。
国営テレビで取り上げられたブザイナップさんが送り込まれたのは、この工場だった。
BBCが訪ねた時、独立した5階建てのウイグル族の寮は、開け放たれた窓のそばに置かれた1組の靴を除いて、人が住んでいる気配はほとんどなかった。
門にいた警備員は、ウイグル族の労働者らは「家に戻った」と説明。国の新型コロナウイルス対策が原因だと話した。華孚はBBCの取材に、「当社は現在、新疆の労働者を雇っていない」と声明を出した。
BBCは、華孚製の糸で作られた枕ケースが、アマゾンUKで売られているのを確認した。ただそれが、訪問した工場や、同社の関連施設と関係がある物なのかを確かめることはできない。
アマゾンはBBCに、強制された労働者の使用は容認せず、同社のサプライチェーン基準を満たさない製品を見つけた場合、販売は取りやめていると述べた。
BBCは中国を拠点とする国際ジャーナリストらのグループと連携し、計6カ所の工場を訪れた。
広東省の靴メーカー・東莞緑洲鞋業の工場では、ウイグル族の従業員らは独立した寮と専用の食堂を使っていたと、労働者の1人が話した。別の地元民は、同社が米スケッチャーズの靴を製造していると話した。
この工場は以前、スケッチャーズと関係があるとされた。製造ラインでウイグル族の労働者がスケッチャーズの靴を作っている場面だとする真偽不明の動画が、ソーシャルメディアに投稿されたのだ。また、オンラインの中国の企業電話帳でも、関係性がうかがえた。
スケッチャーズは声明で、「強制労働は一切容認しない」と述べた。だが、東莞緑洲鞋業を供給業者として使ったのかという質問には答えなかった。
一方、東莞緑洲鞋業は、コメントの求めに応じなかった。
この工場でのインタビュー取材からは、ウイグル族の労働者らが余暇時間に自由に外出できた様子がうかがえる。しかし別の工場では、証言はもっと微妙だった。
少なくとも2件の取材で記者らは、いくらかの制限が存在していたと聞いた。武漢市の工場では、漢族の中国人従業員がBBCに、200人近いウイグル族の同僚らは外出を全面的に禁止されていたと話した。
ブザイナップさんが村を去り、政治教育訓練を受け始めた姿を紹介してから3カ月後、中国の国営テレビ局は、安徽省の繊維関連会社・華孚にいる彼女を再び取材した。
その様子を伝える報道の中心にあるのは、やはり、同化というテーマだ。
ある場面では、ブザイナップさんはミスを叱られ、泣きそうになる。しかしその後、彼女には変容が起きていると説明が入る。
「何も言わず、じっと頭を下げていた気の弱い少女が、職場で自信をつけつつある」とナレーションは言う。
「ライフスタイルが変わり、考えも変わってきている」
プロデューサー:キャシー・ロング
(英語記事 Chinese study reveals Uighur ‘assimilation’ goal)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-56369796