【連載】麗しき天真爛漫の響き(その4) 「ウイグル弦楽器『ラワープ』の不思議な翼」若林忠宏

右:ウズベクの「カシュガルチャイ・ルボッブ」左:ウイグルの「ウズベキ・ラワープ」

右:ウズベクの「カシュガルチャイ・ルボッブ」左:ウイグルの「ウズベキ・ラワープ」

 そもそも音楽は、「世界中、恋歌ばかりである」とか「元々女性を口説く為に始まった」などと言い切るご仁が少なくなかったですがとんでもない。世界の民族音楽の視野で言えば全く違う。「逆だ!」とさえ言いたい程です。高校時代の私もそうであった様に、「ギター小僧」は、確かに女の子の「凄い!」とか「うっとり」を期待して日夜練習に励むのですが、百人中百人がその夢が儚くも壊れさる経験を味わうのです。それでも続ける奴がミュージシャンになり、続けていれば後のプロよりも上手かった、より才能があったライバルが、「モテないから」と止めてくれた御陰で職にありつけると言っても過言ではないのです。どうしても歌いたくて学んでいたウイグルの歌やウズベクの歌。後に、いずれも 共産主義、社会主義讃歌であることを知るのですが、そんな歌は、確かに不自然な程に健全な労働歌だったりします。かと思えば、シチリア民謡には、「俺の畑には何も生えて来ない。塩が多過ぎなんだ!」があったり。逆に、或るハワイの歌は、「○○と言う魚はフリッターが美味い」だったりで、価値観の統一など音楽には絶対にあり得ないのです。それもこれも歌詞の内容迄理解しようとしてこそ至れるレベル。民族音楽がもてはやされる様になりましたが、多くの日本人は、歌詞等おかまい無しで、雰囲気で「癒される」とおっしゃる。何か「変」に思います。

 後に、イデオロギー讃歌でない、より古く、よりウイグル人の心に滲みる歌を学ぶのですが、今思えば、そのいきさつこそ、現代ウイグルの人々の葛藤の様そのものでしょうか。物事の是非より、前向きな希望や夢やプランに邁進努力したウイグルのエリート。当然共産党員としても立派でなければ、留学の資格など得られない時代でした。そんな私の家庭教師の先生ですから、私も後にイデオロギー讃歌と分かる曲も「何でこんな曲を歌いたいと言うのだ?」などの嫌な顔ひとつせず熱心に教えてくれたのです。それでも一カ所「ここは、もしウイグル人の前で歌うならば○○に変えた方が良い」とおっしゃいました。そして、帰国が迫った頃になって。「本当は、この歌の方がウイグル人が喜ぶ」という曲を二三教えてくれました。全く違う! 初めて聴く音楽でした。深い想いが伝わって来ながらも、何処かに気品と誇りが在り、力強さと明るさ迄想い浮かばれる。と、その時に感じた印象こそは、ずっと今迄、その後に聴く殆どのウイグル音楽に通じる印象であり、勝手ながら、「これこそウイグル音楽の命なのだろう」と思わせて頂いております。

 最初の留学生からしばらくは、楽器を持参して来日等出来ない雰囲気で、カセットテープがやっとでした。なので、歌も歌詞の内容も一気に本物に迫ったのに、楽器は、相変わらずの自作。そして、「翼」の意味も分からなければ、本当のところ構え方も分かっていないまま。にも拘らず何回かあちこちに呼ばれてウイグル音楽を弾き語りしました。奇しくも、私の自作は、現地の「Bass Rawap」に相当する大きさなので、実は、知らずにやっていた私のギター風構え方で正解だったのです。しかし、もし本来の「ラワープ」の大きさで自作していれば大間違い。「ラワープ」は、胴体を膝の上に載せるなどせず、右腕で抱え込む様にして、中空に保ち、棹も床にほぼ水平に構えるのでした。すると、尚一層「翼」は、構えに何の役にも立っていない。勿論音にも。如何に世界には様々な価値観や考え方が在るとは言え、「何処に出っ張りを付ければ一番音が良いだろうか?」をあれこれ試す人は居ません。バランスを良くする訳でもない。前述致しました様に、私は自作の頃には、「ラワープのルーツ楽器からの関連」を理解しており。「翼」は、ルーツ楽器の「突起と括れ」の変形だと分かっていま した。ルーツ楽器は、三角状に出っ張る部分があって、その直ぐ隣に、その分凹む括れがあるのです。これはギターの「8の字」とも無関係ではないのです。「ラワープの翼」は、「突起だけで括れが無い」亜流の更に一派なのですが、「何故こんな翼状なのだろう」という謎は解けぬままでした。

 その謎は、或る日あっけなく解けました。と言っても私の中だけで、学会が認める様なものではありませんが。日伊中合作の映画「チンギスカン」を見ていましたら、なんとお妃の髪の結い方が「ラワープの翼」なのです。全ての髪を頭の頂点でひとつにまとめてから、それを絵に書いた噴水の様に左右に二つに分ける。そして、絹や錦糸を巻いて飾る。「ラワープの翼」の上端で棹を切れば、丸い胴体は人間の顔の様で、翼は正にお妃の髪の結い方そのものなのです。つまり、ルーツ楽器の「三角状の突起」が、「長方形の突起」になり、更に延びる訳には行かない(演奏の邪魔)ので、垂れ下がった形なのですが、それにはイメージするモデルがあったのです。勿論、研究者どころか、恐らく現地の演奏家に このことを言っても「おお!そうなのだよ!」とは誰も言わない。むしろ否定されるに決まっています。これが民族音楽を追求する上での最大のジレンマ。研究者は、「現地の答え」に違うものなどあり得ないという価値観の人ばかりですが、果たしてそうでしょうか? そもそも伝統というものは、何の疑いもなく、謙虚に真摯に忠実に学び受けてこそ継承出来るものですから、「この翼はなんだろう?」などと考えたエジソン病のウイグル演奏家が居たとしても。音楽史の上には記録されないものなのです。「モンゴルの妃の髪の結い方」と申しましたが。そもそもモンゴルがウイグルに倣ったのかも知れず。この辺りはまだまだ全く掘り起こされていない分野なので、興味ばかり先走り、定説に至るものが乏し いのが無念であり恐縮ですが。その辺りがより深く解明されれば、「失われた輪」の文化的存在感と価値が一気に高まるに違いないのです。

 恐らくは、そもそも「文化と伝統」というものは、「99%のまともで真っ当な人々」と、「1%のエジソンやガリレオの様な人」によって常に活き活きとしながら受け継がれて来たに違いないと思います。ところが、近代では、その「1%」がほぼ「ゼロ」になってしまった。悪く言えば「先人や故事の言いなり」「文献の言いなり」。「この翼は何だろう?」と誰も考えなくなった。さすれば、何時の日か、「翼」をキテレツな形に変えて、人々の注目を得る様な「石ころ探しの名人」が現れるに違いないのです。その様なものは一代限りであることが殆どですが。それ故に、掻き回すばかりで、新たな伝統や文化に繋がらない。それどころか、その様な「まがい物」によって、多くの人が「本物を見分ける目」を 弱らせてしまう。これは見逃せない脅威なのです。


若林忠宏若林忠宏(わかばやしただひろ)
 民族音楽研究演奏家。1956年、元文学座俳優の父、ピアノ教師の母の下、東京に生まれる。1972年中学三年の時に、民族音楽と出会い自作楽器で独学を始める。高校入学直後にインド弦楽器シタールを入手し、その年、池袋に一店のみだったPARCOと、Live-Houseの原点だった「渋谷じぁんじぁん」で日本初の民族音楽演奏家としてプロ・デビュー。以後、世界中の民族音楽で大小1500回以上演奏。1978年に都下吉祥寺に日本初の民族音楽ライブスポットを開店、1990年には、日本初の民族楽器専門店を開店、それぞれ20年、10年続け、1999年に閉店。
 その後は、日本の伝統邦楽修行に邁進するが、「民族楽器音の辞典」CD90枚の製作依頼を受け、一年足らずで中断。在京各国大使館での演奏 、TV-C.M.、ポップス・アーティストの録音に参加。「タモリの音楽は世界だ(二回)(二回目は北島三郎さんと共演「与作」をインド楽器で伴奏)」「タモリ倶楽部(四回)」「題名のない音楽会(二回、二回目はソロ)」「開運なんでも鑑定団(特別鑑定士)」「なるほどザ・ワールド」などに出演。1980年インド・ラクナウ市にて日本人初リサイタル。1984年ペシャワールのアフガン難民児童医療団慰問演奏。の他、タイ、マレーシア、ウズベキスタン、中国、スペインなどで音楽研修。来日民族音楽演奏家との共演の際にレッスンを受け世界中に数十人の師匠を持つ。
著書に「アジアを翔ぶシターリスト(大陸書房:絶版)」「民族楽器大博物館(京都書院:絶版)」「民族音楽を楽しもう」「世界の師匠は十人十色」「アラブの風と音楽」( 以上ヤマハ出版)。「もっと知りたい世界の民族音楽」「民族音楽辞典(日本初)」(以上東京堂出版)。「スローミュージックで行こう(岩波書店)」「民族楽器を演奏しよう(明治書院:学びやぶっく)2009年6月」「まるごと民族楽器徹底ガイド(YAMAHA)2010年2月新刊」などの他、共著もある。
 中央アジア民族音楽に関しては、1980年に手製ウイグル楽器でアジア大学学園祭に出演したのをスタートとし、1984年にソ連時代のウズベキスタンに特別研修に赴き、主にホラズム音楽を研修。2000年には、新潟アジア文化祭の解説を担当し、来日ウイグル歌舞団と交流。
 2014年現在は、膨大な楽器資料の保管と、保護猫の健康の為に福岡市郊外に移住し、インターネットTVによるレッスン、講習会、執筆活動によって、捨て子猫、野良子猫の世話に寝食を削っている。
 尚、各方面に募集中の連載コラムは、このウイグル協会の他に、この度2014年11月に発刊された「ウイグル十二ムカーム」の出版社である集広舎のWebでも、猫と音楽が絡んだコラムを2014年9月より連載中。 http://www.shukousha.com/category/column/wakabayashi/


【連載】麗しき天真爛漫の響き(その1) 「ウイグル音楽との出逢い(の前に)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_01/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その2) 「ウイグル音楽との出逢い(前編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/11/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_02/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その3) 「ウイグル音楽との出逢い(後編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/12/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_03/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その4) 「ウイグル弦楽器『ラワープ』の不思議な翼」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/01/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_04/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その5)「ウイグル詩の深淵と歌声の天真爛漫」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/02/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_05/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その6)「ふたりの日本人に託されたカセット全集」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/03/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_06/


【関連】

【本】「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/book_12muqam/

在日ウイグル人証言録

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