【連載】麗しき天真爛漫の響き(その3) 「ウイグル音楽との出逢い(後編)」若林忠宏

ウイグル楽器コレクション

ウイグル楽器コレクション

 現代日本人の「割愛感覚」に逆らうかの様な、私の感覚は、音楽のみならずあらゆることに通じています。例えば、猫。今や、私の肩書きは「猫の小間使い」の様でもありますが。偉そうに申せば、西洋医学が匙を投げた病気も、自然療法、全身療法で世話をすることを日々研鑽中でもあります。まだそんな意識に至る遥か前の14年程前のこと。良く覗いて居たペットショップに、可愛らしいアビシニアン種の兄妹がひとつのガラス窓の子部屋に入れられて居ました。どちらも美形ですが、妹は人間が近づくとガラスに摺り寄って愛想を振りまく。「遊郭の様だ」などと言うとどちらに不謹慎でしょうか? あっと言う間に売れてしまいましたが、兄の方は売れ残る。20万近くが12万になり、7万になり、最後とうとう2万になった時に耐え切れずに連れて帰りましたが。「売れ残りは口減らしで殺処分」の常識を知ったのはその数年後でした。他の欲しいものならば、安く成ってくれれば大喜びの人々が、ある種のステータスでもある血統証のペットは、安く成ったからと言って売れない。価値が下がった気がする。愛想の良い妹を即座に買うのが現代日本人の主流ならば、無愛想な売れ残りの兄を引き取るのが、私の子どもの頃からずっと続くスタイルでした。売れ残りの兄の方も、初めて目が合った頃から分かって居た様で、連れて帰った日も、どちらかと言うと「(お迎え)遅いよ!」とさえ言っているかの様でした。 こんな感覚の私ですから。割愛された方に肩入れしてしまう。しかし、世の中の主流に逆らえば、インド音楽のLPレコード(これも世の主流ではありませんが)が数十枚集まってもパキスタン、バングラデシは、一枚有れば大したもの。ウズベク、ウイグル、モンゴルなどは、探しまわっても手に入らない。これらを日本人の主流の人々は、「マイナー志向」とおっしゃいますが、とんでもない。パキスタン、バングラデシというマイナーだけではなく、インド音楽だって日本のトップクラスであり続けているつもり。メジャーから逃げてマイナーに埋没しているつもりはないのです。

 そんな1970年代末のことでした。珍しくウイグル音楽と楽器について書かれた短い一文と楽器のイラストを見て小躍りしました。イラストの楽器の名前は「ラワープ」。私が三味線の曾祖父と言っている楽器です。後にウイグル楽器にも「上には上がある」、もっと凄い楽器が在ることを知るのですが。「ラワープ」は、庶民性の面で言っても「国民的楽器」と呼べる程ウイグルを代表する弦楽器です。尤も、その資料での名前は「イエワプ」でした。 困ったことに漢族は、私たちの耳では区別さえ出来ない様な発音をなさる割には、他民族の発音を表音文字にする時、何かが変。「ラワープ」と聞いた時には「ラワープ」と聞こえているのでしょうが、それを「熱瓦甫」と表音して、後に読み返す時に、何 故か声調迄付けて「イエワプ」と読んでしまう。幸いその頃には、この「Rawap」が、ウズベクの「Rubob」の近縁であり、いずれも中世ペルシアの「Rubab」に端を発する一連の三味線族の亜流である知識を理解していましたので、「イエワプはないだろう」と思っては居ました。そして、その棹と胴の付け根にある「不可思議な翼」が気になって気になってしかたがなく、「本物を見てみたい」「出来れば手に入れたい」と願っている内に、一二年経ってしまい我慢が出来ずに自作したのでした。今思えば、サイズが大き過ぎました。そして、知り合いが中国旅行で買ってお土産に下さったカセットテープの一曲。インストロメンタルをコピーして、たまたまウイグル音楽を探していた亜細亜大学に知られて学園祭で演奏 したのでした。1980年代前半のことでした。それがご縁で、国際交流課のスタッフさんが、ウイグル人初の留学生さんを紹介してくれて、私の家庭教師をしてくれたのです。突然の大きな突破口。否、思い浮かべながらの毎晩の念が呪文となって、門が開いた感じでした。次から次へと、毎週のレッスンの度に、文法はそこそこで、歌いたい歌の歌詞を学びローマ字にして大意を聞いて、発音をチェックして貰いました。ところが、今ではそれらのレパートリーは殆ど全て歌えないのです。「忘れた?」のではありません。歌詞はむしろほぼ暗記しています。が、1970年代の中共賛美歌なので、歌えないのです。これについてはショックな出来事もありましたが、後ほど。

亜細亜大学園祭での手製ラワープでのウイグル音楽演奏

亜細亜大学園祭での手製ラワープでのウイグル音楽演奏

 今ここで話題にしたいことは、「ラワープの翼」です。「楽器の自作」は、本物が手に入ってしまうと、単なる偽物になってしまうという空しさがあります。或る日、「はたっ!」とそれに気付き、何故か自作すると本物が手に入るというジンクスにも気付きました。そこで、「もう作るのを止めて待とう」としたのですが、すると中々本物が来ない。結局しびれが切れて自作すると数週間の内に本物が来る。注文したものがやっと届くのではなく。お客さんが、「知り合いから貰ったんですけど、誰も弾けないし弾かないので引き取ってくれますか?」と突然持って来る、だったり、古物商の片隅に在ったりなのです。「足下を見られる」とはこの事か? 何時だって私は「夢に迄見た楽器だ!」が顔にありありとしてしまうらしく。お客さんも、古物商も、「ここぞ!」とばかり値を上げてしまう。結局、自作の「無駄な労苦」を加算した高い買い物になってしまうのです。それでも、後々気付いて納得したのですが、自作には大きな意味がありました。「楽器の重心」が分かる。さすれば、その奏法や力の入れ具合も自ずと分かる。構え方も分かる。製作中は、その楽器の音楽をカセットで流しながらなので、「この音に近づけ!」の念がこもっています。すると、「音の出し方」も自ずと分かって来る。言ってしまえば、自作が完成した段階で、「入門~初級」程度迄は終了している様なものなのです。それでも「ラワープ」ばかりは。その構え方さえ分からな かった。そもそもその「翼」が全く理解出来なかった。麗しきも謎めいた、一向になびいてくれない高嶺の花だったのです。


若林忠宏若林忠宏(わかばやしただひろ)
 民族音楽研究演奏家。1956年、元文学座俳優の父、ピアノ教師の母の下、東京に生まれる。1972年中学三年の時に、民族音楽と出会い自作楽器で独学を始める。高校入学直後にインド弦楽器シタールを入手し、その年、池袋に一店のみだったPARCOと、Live-Houseの原点だった「渋谷じぁんじぁん」で日本初の民族音楽演奏家としてプロ・デビュー。以後、世界中の民族音楽で大小1500回以上演奏。1978年に都下吉祥寺に日本初の民族音楽ライブスポットを開店、1990年には、日本初の民族楽器専門店を開店、それぞれ20年、10年続け、1999年に閉店。
 その後は、日本の伝統邦楽修行に邁進するが、「民族楽器音の辞典」CD90枚の製作依頼を受け、一年足らずで中断。在京各国大使館での演奏 、TV-C.M.、ポップス・アーティストの録音に参加。「タモリの音楽は世界だ(二回)(二回目は北島三郎さんと共演「与作」をインド楽器で伴奏)」「タモリ倶楽部(四回)」「題名のない音楽会(二回、二回目はソロ)」「開運なんでも鑑定団(特別鑑定士)」「なるほどザ・ワールド」などに出演。1980年インド・ラクナウ市にて日本人初リサイタル。1984年ペシャワールのアフガン難民児童医療団慰問演奏。の他、タイ、マレーシア、ウズベキスタン、中国、スペインなどで音楽研修。来日民族音楽演奏家との共演の際にレッスンを受け世界中に数十人の師匠を持つ。
著書に「アジアを翔ぶシターリスト(大陸書房:絶版)」「民族楽器大博物館(京都書院:絶版)」「民族音楽を楽しもう」「世界の師匠は十人十色」「アラブの風と音楽」( 以上ヤマハ出版)。「もっと知りたい世界の民族音楽」「民族音楽辞典(日本初)」(以上東京堂出版)。「スローミュージックで行こう(岩波書店)」「民族楽器を演奏しよう(明治書院:学びやぶっく)2009年6月」「まるごと民族楽器徹底ガイド(YAMAHA)2010年2月新刊」などの他、共著もある。
 中央アジア民族音楽に関しては、1980年に手製ウイグル楽器でアジア大学学園祭に出演したのをスタートとし、1984年にソ連時代のウズベキスタンに特別研修に赴き、主にホラズム音楽を研修。2000年には、新潟アジア文化祭の解説を担当し、来日ウイグル歌舞団と交流。
 2014年現在は、膨大な楽器資料の保管と、保護猫の健康の為に福岡市郊外に移住し、インターネットTVによるレッスン、講習会、執筆活動によって、捨て子猫、野良子猫の世話に寝食を削っている。
 尚、各方面に募集中の連載コラムは、このウイグル協会の他に、この度2014年11月に発刊された「ウイグル十二ムカーム」の出版社である集広舎のWebでも、猫と音楽が絡んだコラムを2014年9月より連載中。 http://www.shukousha.com/category/column/wakabayashi/


【連載】麗しき天真爛漫の響き(その1) 「ウイグル音楽との出逢い(の前に)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_01/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その2) 「ウイグル音楽との出逢い(前編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/11/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_02/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その3) 「ウイグル音楽との出逢い(後編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/12/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_03/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その4) 「ウイグル弦楽器『ラワープ』の不思議な翼」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/01/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_04/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その5)「ウイグル詩の深淵と歌声の天真爛漫」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/02/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_05/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その6)「ふたりの日本人に託されたカセット全集」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/03/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_06/


【関連】

【本】「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/book_12muqam/

在日ウイグル人証言録

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