【連載】麗しき天真爛漫の響き(その1) 「ウイグル音楽との出逢い(の前に)」若林忠宏

ウイグル音楽との出逢い(の前に)
若林忠宏

2005年、都の機関誌「東京人権」のインタヴューを受け、表紙を担う。背景は当時の教室の楽器たち。膝の保護猫は、猫エイズと闘い11年大晦日に逝去。

2005年、都の機関誌「東京人権」のインタヴューを受け、表紙を担う。背景は当時の教室の楽器たち。膝の保護猫は、猫エイズと闘い11年大晦日に逝去。

 人には様々な専門分野というものがありますが、とりわけ近代日本に於いては、そのけじめが尊重され、私の様な「色々やる輩」は、大概過小評価され、誉めてやっと「器用貧乏」などと言われる始末です。勿論、自らをエジソンや平賀源内、まさかダビンチに重ねている訳では御座いませんし、そもそも「あれもこれも」と必然に従ってやって行くうちに自ずとそうなったに過ぎないのです。そのことを人に分かって貰おうとする時に、「石ころ集め」の話をします。ふたりの少年が河原で石ころ拾いをしていた。一方は、「あっ!これは良い!」「きっとみんな驚くぞ!」「ああ、これはつまらんから要らないや」などと言いながら。ところが、他方は、「あっ!これも良い!」「あっ! この石もここら辺りがとても良い」と言いながら。そして、前者は、選び抜かれた十個前後をポケットに入れて意気揚々と帰って行きましたが。後者は、数十個の石をシャツの裾に溜め込んで「うんしょうんしょ」と歩くのも大変そう。前者は、立ち去り際に、「おまえ馬鹿か?」「そんながらくた石をそんなに沢山溜め込んで!」と罵って行きました。彼は、クラス中が関心し誉め讃え「石ころ名人」になりました。ちなみに、後者の少年は、クラスで自慢することが目的ではなかったので、学校にも持って行かず。「沢山集めた凄いやつ」の賛辞も受けることはありませんでした。

 今から45年も前になります。インドや東南アジア、トルコやアラビヤの音楽に憧れて、無我夢中で限られた資料をむさぼっている中学生の私を、級友達は変人としか思わなかった。「そんな土人の音楽の何処が良いのだ?」と。 高校から大学に行く頃には独学も本格的になり、英文献を輸入して調べたいと、「どんな書物でも輸入します」という東京で一番の輸入書籍店に行き、お店に入り「インド音楽の……」と発した途端。店主は、「インド? うちは先進国の本しか扱わん!帰ってくれ!」と本気の剣幕でした。それが今では、TVのスウィッチを入れれば、CM音楽やドラマ、ニュース番組BGMの三つにひとつに世界の何処かの民族音楽の音色がちゃっかり使われている時代になったのですから、驚きと言うより呆れる次第です。果たして、「待ちに待った時代!」「私の時代!」が来たのでしょうか?

 ところが、「石ころ名人」の罵りや、「輸入書籍店」の剣幕などよりも哀しい言葉が、むしろ「同好の志」と思って居た人たちの次の言葉なのです。「若林さんって、私たちと同じに○○音楽をこよなく愛する人だと思って居たのに」「他にも色々な音楽をなさるんですもの」「裏切られた気分です!」。と或るトルコ大使館武官氏は、都下吉祥寺にありました、私の日本初の民族音楽ライブスポットを訪れてくれたのですが、折しもその日は「インド音楽ライブ」でしたので本気で不機嫌。「何故、トルコ音楽を演らんのだ!」と。で、しかたなくトルコ音楽も演奏したのですが。逆に、PNG(パプワニューギニア)国立舞踊団の人々は、前日の最終公演の楽屋を尋ねて意気投合した想いが覚めやらず。通訳さんに案内させて来日最終日に私の店に全員十数名で来てくれました。ところが程なく、日本国際交流基金のお偉いさんからお電話で本気の激怒。「こちらは彼らが行方不明になったと大騒ぎだ!」「あんた!何で無断で連れ出したんだ!」と。突然ライブ中に彼らがどっと流れ込んで来て私は驚きながらも大喜び。ところがその日は、「アフガン音楽ライブ」。それでも彼らは、ステージのかぶりつきにずらっと座り、「やんややんや」の大喝采。最後にステージに上がってもらって、彼らの島の音楽を一緒に演奏しました。トルコ次官のお気持ちとPNG楽団のお気持ちを比べてしまえば、前者は、「我が文化が最高で、それしか要らない」かも知れず。後者は、「世界の文化は素晴らしいね、でも我が音楽が最高」なのかも知れませんが。いずれにしても日本人の感覚とは何かが違う様な気がしてなりません。

 何時の頃か、そんな私を「民族音楽カメレオン」と自称する様になりました。これにはふたつの意味があり、ひとつは、「ある国の音楽を演している時は、『これが最高!』の気分だから」。光源氏に重ねは致しませんが。「浮気性」の最たる輩が言いそうな台詞です。そして、もうひとつは、我ながら驚き呆れたのですが。民族音楽が少し関心を得る様になって得られた演奏会でしたが、どこかの音楽ひとつでは「飽きられる」とのことで、数カ国をメドレーで依頼されたのです。安易に引き受けながら本番。私は練習もリハもしないタイプでした。ステージで焦ったのはその時が最初で最後。インド音楽からアフガン音楽、そしてトルコ音楽、アラビヤ音楽と、一応地続きの関連があるにも拘らず。演奏し終わったインド楽器を傍らに置き、アフガン楽器を手にした瞬間。ほんの数分「頭が白くなる」を体験したのです。私の心と頭は、まだ「インド音楽が最高!」から覚め切ってなく。アフガン楽器を手にしても「あれっ?」となった。つまり、インド音楽の気分でアフガン楽器と曲を弾くので、自分でも「何だこりゃ?初めて聴く音楽だぞ!」となった。ところが、二三分後、アフガン楽器のぬくもりが懐に伝わり、その音色が心に染み込んで来た頃には「アフガン音楽最高!」となっていたのです。が、その後、トルコ楽器に持ち替える時にまた白く成った。カメレオンは、正に持ち替えの度に白く成り、少しして次の色に変わって行ったのでした。そもそもが「自慢が目的の石ころ名人」ではないので、自分など存在しないのです。自分がどう思われるか?どう評価されるか?など考えたこともなく。その石ころや音楽、楽器にのめり込んで行く。

 さて、そんな私が「ウイグル音楽最高!」のコラムを連載する訳ですが。お読み下さるアナタは、果たしてどちらに思われることでしょうか? 「なんだかインチキ臭い奴だ!」か? 「自我・我欲を通り越した奴の言葉の方がウイグルに迫れるぞ!」」か?(続く)


若林忠宏若林忠宏(わかばやしただひろ)
 民族音楽研究演奏家。1956年、元文学座俳優の父、ピアノ教師の母の下、東京に生まれる。1972年中学三年の時に、民族音楽と出会い自作楽器で独学を始める。高校入学直後にインド弦楽器シタールを入手し、その年、池袋に一店のみだったPARCOと、Live-Houseの原点だった「渋谷じぁんじぁん」で日本初の民族音楽演奏家としてプロ・デビュー。以後、世界中の民族音楽で大小1500回以上演奏。1978年に都下吉祥寺に日本初の民族音楽ライブスポットを開店、1990年には、日本初の民族楽器専門店を開店、それぞれ20年、10年続け、1999年に閉店。
 その後は、日本の伝統邦楽修行に邁進するが、「民族楽器音の辞典」CD90枚の製作依頼を受け、一年足らずで中断。在京各国大使館での演奏 、TV-C.M.、ポップス・アーティストの録音に参加。「タモリの音楽は世界だ(二回)(二回目は北島三郎さんと共演「与作」をインド楽器で伴奏)」「タモリ倶楽部(四回)」「題名のない音楽会(二回、二回目はソロ)」「開運なんでも鑑定団(特別鑑定士)」「なるほどザ・ワールド」などに出演。1980年インド・ラクナウ市にて日本人初リサイタル。1984年ペシャワールのアフガン難民児童医療団慰問演奏。の他、タイ、マレーシア、ウズベキスタン、中国、スペインなどで音楽研修。来日民族音楽演奏家との共演の際にレッスンを受け世界中に数十人の師匠を持つ。
著書に「アジアを翔ぶシターリスト(大陸書房:絶版)」「民族楽器大博物館(京都書院:絶版)」「民族音楽を楽しもう」「世界の師匠は十人十色」「アラブの風と音楽」( 以上ヤマハ出版)。「もっと知りたい世界の民族音楽」「民族音楽辞典(日本初)」(以上東京堂出版)。「スローミュージックで行こう(岩波書店)」「民族楽器を演奏しよう(明治書院:学びやぶっく)2009年6月」「まるごと民族楽器徹底ガイド(YAMAHA)2010年2月新刊」などの他、共著もある。
 中央アジア民族音楽に関しては、1980年に手製ウイグル楽器でアジア大学学園祭に出演したのをスタートとし、1984年にソ連時代のウズベキスタンに特別研修に赴き、主にホラズム音楽を研修。2000年には、新潟アジア文化祭の解説を担当し、来日ウイグル歌舞団と交流。
 2014年現在は、膨大な楽器資料の保管と、保護猫の健康の為に福岡市郊外に移住し、インターネットTVによるレッスン、講習会、執筆活動によって、捨て子猫、野良子猫の世話に寝食を削っている。
 尚、各方面に募集中の連載コラムは、このウイグル協会の他に、この度2014年11月に発刊された「ウイグル十二ムカーム」の出版社である集広舎のWebでも、猫と音楽が絡んだコラムを2014年9月より連載中。 http://www.shukousha.com/category/column/wakabayashi/


※編集者より

昨今、ネット上で素晴らしい音楽も簡単に聴ける、興味深い映像も写る、でも、なぜかそこにはその土地の風は吹いてこない気がする。それどころかますます遠ざかっていくように思っていた。

筆者に原稿を依頼してから、明治書院のご著書を拝読した。
イメージから、音だけでなく、何かそれぞれの国の風が吹いてくるように感じたのは、贔屓目ではないと思うのだが。

日本ウイグル協会会員 三浦小太郎

※若林忠宏氏は現在、寝食を削って保護猫活動と、世界初の民族楽器図鑑執筆活動を行っております。闘病保護猫の投薬看病の為、在宅の執筆業務が理想的な状況です。当サイト同様に、世界各地の人々、社会、文化を考え、日本に広く伝えようというサイトで、若林氏の連載コラムをご検討頂けると幸いです。詳しくは、miurakotarou@hotmail.comにお気軽にご相談下さい。(もしくは、直接若林氏へ、お気軽にご相談下さい。chametabla@yahoo.co.jp)


【連載】麗しき天真爛漫の響き(その1) 「ウイグル音楽との出逢い(の前に)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_01/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その2) 「ウイグル音楽との出逢い(前編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/11/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_02/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その3) 「ウイグル音楽との出逢い(後編)」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2014/12/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_03/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その4) 「ウイグル弦楽器『ラワープ』の不思議な翼」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/01/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_04/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その5)「ウイグル詩の深淵と歌声の天真爛漫」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/02/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_05/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その6)「ふたりの日本人に託されたカセット全集」若林忠宏
https://uyghur-j.org/japan/2015/03/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_06/


【関連】

【本】「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/book_12muqam/

【11月27日東京亀戸】「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」出版記念講演会
https://uyghur-j.org/japan/2014/10/20141127_12muqam/

在日ウイグル人証言録

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