【連載】麗しき天真爛漫の響き(その6)「ふたりの日本人に託されたカセット全集」若林忠宏


集広舎刊「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子翻訳・解説:若林忠宏

集広舎刊「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子:翻訳・解説。 (一部音楽・楽器解説:若林忠宏)」

 「出稼ぎか?それとも逃亡小作人か? はたまた駆け落ちか?」などとおっしゃるのですから。エリート共産党員だったか、少なくともご家族ご親戚がそうであったであろう私の先生は、意外に昔のことや人間の様々な生き様について興味関心や理解のある人だったのだろうと思います。少なくともイデオロギーやプロパガンダの妄信者ではなかった。本来ならば、ウイグル共産党員の看板を背負って当然なのに。もしかしたらこの感覚は、ウイグル人に多く共通するものかも知れません。物事を出来る限り表面的に安易安直に捕らえ、極力負荷を負わされることを嫌う現代日本人には計り知れない心の深さ。

 朝から晩迄、一年中。そして一生、荒涼とした砂漠や半砂漠の広原を眺めて生きる人の方が、豊かな自然と変化に富んだ四季を味わいながら暮らす日本人に勝っているのですから、寂しいと言うより、空しさ、憤りを覚えます。否、これはむしろ必然的かも知れません。有難いものを当たり前の様に感じてしまった私たちより、恵まれていない人々の方が、物事の価値や本質を見出し受け止める力が宿っている。その事迄学ばずウイグル音楽を聴くのは勿体ない、と申し上げたら、私の独りよがりな思い込みだ、と一笑されるでしょうか。ならばもう少し具体的な話を致しましょう。


 「出稼ぎか?それとも逃亡小作人か? はたまた駆け落ちか?」と先生がおっしゃったのは、「実話の詳しいことを知らない」のではないと思うのです。恐らく多くのウイグルの詩は、同様に「様々な事柄に置き換えたり、想像、想定出来る」様に作られているのではないでしょうか。この本質的な傾向の原因を安直に説明するならば、それは気の遠くなる程の年月に及んだ弾圧の歴史の所為です。

 同じ「トルコ系遊牧民族」であるトルコの歌には、(けなす意図は毛頭ありません。トルコにはトルコの良さがありますので、)アカラサマなロビン・フッドの様な義族の歌が幾つもあります。その様な歌の意味は、それ以上でもそれ以下でもなく、そのまんま。

 それに対しウイグルの詩は、実話や起源が分からない。それは分かられては困るからに他ならない 。悪徳地主から逃げた小作人だったのかも知れませんが、それは、弾圧から逃れ文化伝統を命掛けで守ろうとした名も無き文化人とも大いに重なる。しかし、それを歌にする事は出来ない。だから、悪徳地主などが「ああ、駆け落ちの歌だ」と思ってくれる様な歌に託す。また、その感情も露にされていません。「ああ、こんな所迄来てしまい。まるで枯れ草の様だ」と歌いつつも、それを嘆き、自分を可哀想と思っているのか? 否、父母に申し訳ないとも歌う。自分は単なる被害者、可哀想なのではなく、むしろ罪深いとさえ歌う。そして、その旋律は気品に満ち誇り高くさえある。そう迄して選んだ道を後悔も恥もせず。むしろ誇りに思っているかの様でもある。この様な複雑な心理描写や、隠喩、暗喩の感覚は、世界に類を見ないと言っても過言ではないと思います。


 と、この文をしたためている今からほんのひと月も経たない頃。親しくして戴いている博多の出版社の社長から「今度ウイグルの詩集の販売を依頼された」という話を聞いたのです。そして、今。このコラムの機会を下さった三浦小太郎さんは、その詩集の出版にご尽力されている方です。タイトルは「ウイグル十二ムカーム (シルクロードにこだまする愛の歌)」。

 私はすかさず「原稿料は二の次の話しで、是非私の音楽解説を押し売りしてくれませんか!」と申し出、なんと願いが叶ったのでした。今迄、その様な押し売りなどして来なかった(して来たらもっと売れていたでしょう。)私が何故? それは、その詩集が、ウイグル伝統音楽の「十二ムカーム」という壮大な組曲の歌詞を翻訳したものであるというからです。

 私こそは、一部の学者先生を除いて、1970年代末、日本人で初めて「十二ムカーム」に関心を注いだ者としての自負があったのです。加えて、十数年の年月を掛けて現地研究会が長老に取材し編纂した、歌集、楽譜集、そして音源集も、恐らく日本人で初めてか、ごく数人の初めて手にした者のひとりという自負もありました。更に言ってしまえば、そんな私から見れば「もぐり」そのものの、大きく勘違いした自称ウイグル音楽専門家たちが、樹を見て森を見ないばかりか受け売りの上っ面の話を羅列する今日。もし、その歌集の訳者さんが、その系統ならば、あっけなく「Yaq Rehmet(No Thank You)」と来るだろう。それならばそれ。仕方ない。けれど、もし「是非!」とおっしゃって下さるならば、奇妙なもてはやしの風潮に一石を投じることとなるだろうし、きっとその歌集も、翻訳者さんも、同じか、近い志であってくれるに違いない。と賭けをした訳です。


 「その系統」の人々は、私の自己アピールとか、自分こそが正しいと思っているとかしか理解出来ない、しないのでしょうけれど。「ウイグルの深淵さ」を伝える為には、彼らの決めつけや罵りなど気にしてられないのです。彼らは風に乗ったかすかな捨て子猫の声を「気の所為だ」と考え。ペットショップで愛想の良い猫を買う。ただ、それが巷で流行っている猫種では自尊心が満足しないから、「一般が持っていない珍しいウイグル種の血統証」であることを誇らしげにする。だから、「○○という楽器があります」と幾ら羅列された文言を読んでも、音も心も伝わって来ない。それどころか、「石ころ名人」の「石ころ自慢」の様にさえ感じる。


 私の押し売りに対し、ご快諾を即答して下さった翻訳者の方は、萩田麗子さん。なんと私の民族音楽ライブハウスにも一回来たことがあったとのこと。外語大でウルドゥー語を専攻された方なのにウイグル?、というところも私に似ている。単なる「ウイグル気触れ」ではなさそう。少なくとも「ラワープをイエワプ」とはおっしゃらないだろう。それでも解説原稿を書かせて頂く前に、数回長文のメールのやりとりをさせて頂きました。途中、あわや喧嘩? 解説文はご破算? 手前の激論もありました。が、それを乗り越えたところで「生のお声が聞きたい」とお電話を頂戴すれば、一層意気投合に至ったのです。


 そして、彼女が電話の最後の方でおっしゃった言葉が、ふたり共、何かを託され、その何かに導かれ、必然的、宿命的に出逢わされたのだと教えてくれました。「彼らが何故私に高価なムカーム全集を託したのか?」。その答えに辿り着く為にも訳詩集は第一歩としてやらねばならないとおっしゃった。日本に置き換えれば、「どっしり重い百科事典ワンセット」程も高価であろうものを彼女に託した。

 実は、同じものを私もウイグル語の先生から託され。帰国数日前に一二曲だけ歌詞を学んで居たのでした。(CDにも吹き込みました)。そして、私も「これを託された意味を、行動することで考えねばならない」と思っていたのでした。「思っているばかり」「考えているばかり」では、「命そのものである時間」が失われて行く。恥じること、罵られること、極解、誤解、誹謗中傷を恐れず。後悔、挫折、自壊、自責を繰り返しながら。同じ過ちは繰り返さず。少しでも日々成長しながら。そして必死で改善を考えて行く。「命との向かい合い」は、それでやっとスタートラインだと思うのです。


若林忠宏若林忠宏(わかばやしただひろ)
 民族音楽研究演奏家。1956年、元文学座俳優の父、ピアノ教師の母の下、東京に生まれる。1972年中学三年の時に、民族音楽と出会い自作楽器で独学を始める。高校入学直後にインド弦楽器シタールを入手し、その年、池袋に一店のみだったPARCOと、Live-Houseの原点だった「渋谷じぁんじぁん」で日本初の民族音楽演奏家としてプロ・デビュー。以後、世界中の民族音楽で大小1500回以上演奏。1978年に都下吉祥寺に日本初の民族音楽ライブスポットを開店、1990年には、日本初の民族楽器専門店を開店、それぞれ20年、10年続け、1999年に閉店。
 その後は、日本の伝統邦楽修行に邁進するが、「民族楽器音の辞典」CD90枚の製作依頼を受け、一年足らずで中断。在京各国大使館での演奏 、TV-C.M.、ポップス・アーティストの録音に参加。「タモリの音楽は世界だ(二回)(二回目は北島三郎さんと共演「与作」をインド楽器で伴奏)」「タモリ倶楽部(四回)」「題名のない音楽会(二回、二回目はソロ)」「開運なんでも鑑定団(特別鑑定士)」「なるほどザ・ワールド」などに出演。1980年インド・ラクナウ市にて日本人初リサイタル。1984年ペシャワールのアフガン難民児童医療団慰問演奏。の他、タイ、マレーシア、ウズベキスタン、中国、スペインなどで音楽研修。来日民族音楽演奏家との共演の際にレッスンを受け世界中に数十人の師匠を持つ。
著書に「アジアを翔ぶシターリスト(大陸書房:絶版)」「民族楽器大博物館(京都書院:絶版)」「民族音楽を楽しもう」「世界の師匠は十人十色」「アラブの風と音楽」( 以上ヤマハ出版)。「もっと知りたい世界の民族音楽」「民族音楽辞典(日本初)」(以上東京堂出版)。「スローミュージックで行こう(岩波書店)」「民族楽器を演奏しよう(明治書院:学びやぶっく)2009年6月」「まるごと民族楽器徹底ガイド(YAMAHA)2010年2月新刊」などの他、共著もある。
 中央アジア民族音楽に関しては、1980年に手製ウイグル楽器でアジア大学学園祭に出演したのをスタートとし、1984年にソ連時代のウズベキスタンに特別研修に赴き、主にホラズム音楽を研修。2000年には、新潟アジア文化祭の解説を担当し、来日ウイグル歌舞団と交流。
 2014年現在は、膨大な楽器資料の保管と、保護猫の健康の為に福岡市郊外に移住し、インターネットTVによるレッスン、講習会、執筆活動によって、捨て子猫、野良子猫の世話に寝食を削っている。
 尚、各方面に募集中の連載コラムは、このウイグル協会の他に、この度2014年11月に発刊された「ウイグル十二ムカーム」の出版社である集広舎のWebでも、猫と音楽が絡んだコラムを2014年9月より連載中。 http://www.shukousha.com/category/column/wakabayashi/


【連載】麗しき天真爛漫の響き(その1) 「ウイグル音楽との出逢い(の前に)」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2014/10/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_01/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その2) 「ウイグル音楽との出逢い(前編)」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2014/11/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_02/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その3) 「ウイグル音楽との出逢い(後編)」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2014/12/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_03/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その4) 「ウイグル弦楽器『ラワープ』の不思議な翼」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2015/01/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_04/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その5)「ウイグル詩の深淵と歌声の天真爛漫」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2015/02/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_05/

【連載】麗しき天真爛漫の響き(その6)「ふたりの日本人に託されたカセット全集」若林忠宏
http://uyghur-j.org/japan/2015/03/tadahiro_wakabayashi_uyghur_music_06/


【関連】

【本】「ウイグル十二ムカーム シルクロードにこだまする愛の歌」萩田麗子
http://uyghur-j.org/japan/2014/10/book_12muqam/