「7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏」報告と動画


7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏

7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会(場所 東京神田TKP会議室)
講師:エリキン・エメイト(Erkin Emet)氏(トルコ在住、アンカラ大学教授)

 エリキン氏は東トルキスタン(ウイグル)のカシュガル地区に生まれ、1982年北京中央民族大学ウイグル言語・文学学部を卒業、1988年まで同大学でウイグル語講師として努める。88年トルコに留学、97年トルコ国籍を取得、現在はアンカラ大学教授。トルコで著作やテレビ出演などを通じて、ウイグルの歴史、言語、文化について語ると共に、民族問題や人権侵害の実態についても訴え続けている。

 7月5日東京神田の会議室にて、日本ウイグル協会主催、ウルムチ虐殺から5周年に、ますます強まる中国の弾圧に抗議し、かつ、この事件の背景について学ぶ講演会が開催されました。参加者は約80名でした。

 ウイグル協会会員のグリスタン氏が司会を努め、午後2時半開会。犠牲者に黙とうをささげたのち、協会会長のイリハム・マハムテイ氏が挨拶。5年前のウルムチにおけるウイグル民衆決起は、確かに中国のウイグル弾圧を世界に知らしめたが、残念なことに今も世界は中国に向けて弾圧をやめるよう強い姿勢を見せているとは言えない、その結果、ウイグル人の中には絶望から極端な行動に向かうしかない人々も現れてきた、今こそこのウイグル問題の本質を訴え、世界に理解してもらいたいと述べました。

 続いてエルキン教授の講演にうつりました。まずエルキン氏は、中国政府は我々の故郷を新疆ウイグル自治区と呼んでいるが、我々にとっては彼の地は断固として東トルキスタンである、この戸をまず確認しておきたいと述べました。そして、まず同地の歴史について説明を始めました。

7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏

 エルキン氏は、かって甘州ウイグル王国(甘州回鶻)と呼ばれるウイグルの独立国が9世紀に存在したことを紹介し、当時ウイグルはシルクロードの要地として強国として栄えていたこと、946年ごろまでは、まだイスラム教は及んでおらず、民衆はマニ教や仏教を信仰していたと述べました。その後イスラム教に改宗する人が増え、様々な歴史的経緯を経て、16世紀に東西トルキスタンに分裂、そして19世紀、清の度重なる侵略に抵抗して、ウイグル人は何度も蜂起、最終的にヤクブ・ベクによってカシュガル国が1868年、イギリスやロシアの支援も受ける形で建国したが、その後、清国はさらに侵略、1884年11月18日、独立国を武力で併合してしまい、この地を初めて「新疆」と名付けたとエルキン氏は解説し、この時点で清帝国自身が「新しい領土」と名付けているのだから、今の中国政府の言う、ウイグルは中国の歴史的に固有な領土だなどと言う説は成り立たないと指摘、これ以後、現在の中国政府とほとんど変わらない弾圧が、ウイグルに清帝国によってもたらされたと述べました。

 その後も1930年代にいくつもの農民決起や独立運動が高まり、1931年のトルファンでの独立革命を指導したマフムード・ムフィティなどは後に日本にも亡命している、そして33年11月12日にはムハンマド・アミン・ボグラを中心に東トルキスタン共和国が最初の独立を果たしており、それは短命に終わったとはいえ、近代的な国家形態と内閣を形成していたと、エルキン氏はその時の内閣名簿をスライドで映しつつ説明しました。さらには1944年11月12日には、再び東トルキスタン共和国が独立を果たし、その時点では女性兵士を含む3万5千人の軍事力をも有した国家だったとエルキン氏は説明しました。

 しかし、その裏側ではスターリンと毛沢東の陰謀も繰り広げられており、毛沢東の中華人民共和国が国民党を打ち破って成立した時、スターリンは、シベリア鉄道に必要な外モンゴルの独立は認めた上で、毛沢東に対し、東トルキスタンは早期に征服してしまうよう持ちかけたとエルキン氏は指摘。毛沢東はその時点では、内戦に疲弊した中国軍にはまだその余裕はない、一年間くらいは準備が必要だと答えたが、スターリンは、戦車やトラック、軍事物資まで支援し、今すぐ東トルキスタンを併合するよう強要。毛沢東はこれを受けて1949年10月26日、東トルキスタンに侵攻します。

 東トルキスタンのイリハン・トレ大統領やエイサ・ユスプ・アルプテキンは亡命し、当時の総理アフトメジャンらは、毛沢東から今後高度な自治を与えたいから打ち合わせをしたいと誘われ、北京に飛行機で向かう途中、全員が事故で死亡と伝えられているとエルキン氏は説明しました。そして、この死の謎は今も明らかになっておらず、今後様々な資料が出てくることが期待されると述べました。さらに、アルプテキンは後にトルコに亡命、1996年までウイグルの独立運動を海外で粘り強く訴え、今も独立運動にとってはシンボル的な存在の一人だと述べました。

7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏

 この様な歴史的経過を大雑把に説明した後、エルキン氏は、1949年段階では東トルキスタンにいた漢民族は約25万、現在は、おそらく2200万人の東トルキスタン住民の半分を超える数になっているだろう(中国政府の発表でも人口の45%)。そして、改革開放がなされたとされる80年代以後、むしろウイグルでは一人っ子政策が強要され、胎児が強制的に堕胎されるなどの弾圧が強まって行き、1990年には、バリンと言う村で250人もの強制堕胎が行われたことに対し民衆が抗議したが、中国政府は暴力と銃剣で弾圧した、このように、民衆が正当な抗議をしたらそれに対し暴力と弾圧で答えるというのは、中国政府の今の姿勢だとエルキン氏は批判しました。

 しかし、中国政府のひどい弾圧は次第に世界に知られるようになり、ヒューマン・ライツ・ウオッチ、アムネステイなどの人権団体がこの問題を取り上げるようになってくれて、その中で、2004年2月19日、世界のウイグル人団体が様々な思想や立場を超えて連携組織、世界ウイグル会議を結成するまでになったとエルキン氏は述べ、その初代議長には、先述したアルプテキンの息子、エルキン・アルプテキンが就任、その後2005年5月17日ラビア・カーデイル女史がアメリカに亡命すると、アルプテキン氏は彼女に全権を譲ることを表明、2006年ラビア氏が議長に就任、彼女が自らの半生と中国におけるウイグル人弾圧を描いた自伝は7か国語に訳され、ブッシュ大統領など各国の指導者とも面会したと、エルキン氏はラビア議長の活躍をスライドで紹介しながら述べました。

 そして、5年前のウルムチ事件について、中国政府は、192人の犠牲者が出たと報道しているが、実際にはウイグル人が多く住んでいた地区で、15歳から20代の若い男性がほとんど行方不明になっている、これは当局が連れ去ってしまい、どこへ行ったかも、何の罪で捕まったかもわからない状態にあるとエルキン氏は述べました。さらには、中国政府は、この事件は外国のウイグル人組織の扇動により発生したものだとしているが、世界ウイグル会議派この事件は、民族間の差別と不平等、富の格差、中国政府の民族弾圧政策の結果だとはっきり言っている。そして世界で、特にトルコでは大きな中国への抗議デモが繰り返され、世界イスラム連帯協議会も中国を厳しく批判したが、残念ながら中国が安保理事国を務める国連では動きが鈍く、双方に自制を求める程度に終わってしまったとエルキン氏は述べました。

7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏

 現在中国で逮捕、拘禁されているイリハム・トフテイ氏を紹介し、彼が主張しているのは、中国の憲法にも明記されている自治権や自由をウイグルでも実現せよということだけで、独立は要求していないにもかかわらず中国政府は彼を刑務所に入れたままである、また、アブドゥエリ・アユップ氏はアメリカで言語学の研究をしていたが、あえてウイグルに戻り、政治ではなく、ウイグル語専門の学校を作ろうとしたら同じう刑務所に入れられた、これらの迫害を通じて見ても、中国政府は最早ウイグルの文化や言語すら認めようとしていないことは明らかだとエルキン氏は批判しました。

 そして、世界ウイグル会議は、少しでも国際社会を動かそうと、国連の人権委員会に何度も出席し、中国の妨害を跳ね除け、他の民主主義国にも本当に支援してもらってこのような事態を発信してきたが、2014年3月22日、中国政府はやっと初めて私達の指摘や人権状況への告発に答えた、しかしその内容は、世界で最もよい少数民族政策を行っているのは中国であり、世界ウイグル会議の批判は根拠がない、嘘である、というものだったと、エルキン氏は余りにも馬鹿げた中国の姿勢を指摘しました。

 エルキン氏は最後に、ウイグルでは信号無視をしただけで3人の若者が射殺され、しかも彼らはテロリストだったと証拠もなく決めつけられているような状態が続いている。自分が強調したいことは、ウイグル問題はすでに国際的な人権問題であり、人権や民主主義の価値を認める国々は最早この問題を無視することは許されないはずだ、今後世界は、中国のような民主主義を否定し、植民地支配をつづけ、民族自決を認めない国と、それに反対し民主主義と人権の側に立つ国との間に分かれていくはずだ、その中でウイグル問題は極めて重要な位置にあり、この問題に対しどのような態度をとるかが、個人や国家の人権に対する一つのメルクマールになるのではないかと思うと述べ、講演を終わりました。

7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会、講師エリキン・エメイト氏

 司会のグリスタン氏は、今日から我々が訴えたいことは、新疆という言葉は中国が勝手に作った名称であり、我々にとっては、あくまであの地は東トルキスタンであり、ウイグルは独立した歴史を持つ民族であることを再確認したい、そして「ウイグル族」という呼称はやめ、ウイグル人と呼んでほしい、日本の放送局でもこのような名称に注意してほしいし、自分たちは東トルキスタンと言う独立国を必ず取り戻したいと述べました。その後も積極的な質疑応答がなされ、講演会は午後4時40分に閉会いたしました(終)


【動画】

2014年7月5日 日本ウイグル協会「7・5ウルムチ大虐殺5周年記念講演会」講師 エリキン・エメイト氏
https://www.youtube.com/watch?v=mQOx1lUcDYg

2014年7月5日に東京のTKP神田ビジネスセンターで行われた「7・5ウルムチ大­虐殺5周年記念講演会 講師 エリキン・エメイト氏」の動画です。

※告知より
2009年7月、ウルムチでは中国共産党の弾圧と民族浄化政策に抗議する人々が立ち上­がり、尊い犠牲を出しながらも世界にウイグル問題を訴えました。
今年日本ウイグル協会は、ますます弾圧の強まるウイグルの現状を訴えかつ、今後の運動­のあり方を考えるために、トルコからエリキン・エメイト教授をお招きし記念講演会を行­います。エリキン氏は東トルキスタン(ウイグル)のカシュガル地区に生まれ、1982­年北京中央民族大学ウイグル言語・文学学部を卒業、1988年まで同大学でウイグル語­講師として努めました。88年トルコに留学、97年トルコ国籍を取得、現在はアンカラ­大学教授。トルコで著作やテレビ出演などを通じて、ウイグルの歴史、言語、文化につい­て語ると共に、民族問題や人権侵害の実態についても訴え続けています。

司会:グリスタン氏(日本ウイグル協会)

講師:エリキン・エメイト氏(トルコ在住、アンカラ大学教授)

登壇、通訳:イリハム・マハムティ氏(日本ウイグル協会会長)

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