欺計、圧力、脅迫:ウイグル人若年女性の東中国への移送


 

ウイグル人権プロジェクト

原本(英文、PDF)は、以下のリンクより入手できる。
http://www.uyghurcongress.org/en/wp-content/uploads/08-02-2008-Uyghru-Women.pdf

日本語版ファイルはこちら

http://www.uyghurcongress.org/jp/wp-content/uploads/The-Transfer-of-Young-Uyghur-Women-to-Eastern-China.pdf

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中華人民共和国の新政策で東トルキスタン(1)(新疆ウイグル自治区とも呼ばれる)の若年ウイグル人女性を募集し、ウイグル人が多数を占める地域から中国東部への都市地域の工場での労働の為の移送がおこなわれている。

公式のプロパガンダたるスローガンがこの計画が募集されるウイグル人女性にとって圧倒的に肯定的な経験たることを宣伝して促進しているが、この政策の始まりから2年を足らずして、破られた約束と離散した家族の結果が残るばかりである。中華人民共和国政府の上層部から激しい圧力を受けやすい地方幹部は、欺計、圧力、そして脅迫を、女性たちを募集しこの計画に参加させる為に用いるのである。この政策の下、何千人ものウイグル女性が彼女らの家族からひきはなされ、故郷から何千マイルも離れた、標準以下の労働条件下に置かれてしまっている。

中華人民共和国の移送政策とは

・伝統的ウイグル文化の中心でウイグル人居住者割合が中華人民共和国内で最も高い東トルキスタン南部に焦点をおく。

・16歳から25歳までの結婚適齢期女性を標的とする。

・女性たちとその家族を脅してこの計画に参加させることを強いる。

・この政策に同意しない地方幹部をその地位からの解任をちらつかせて脅迫する。

・若い女性たちを非人道的な労働条件下と労働契約を尊重しない雇用主の下に置く。

この政府支援の若年ウイグル女性移送は、中華人民共和国が進めているウイグル人に対しての人権侵害と文化的攻撃というより幅広い文脈の中で考えなければならない問題である。

ウイグル人の宗教はスンニー派イスラム教の穏健な形式をとり、ウイグル人の民族的アイデンティティの重要な部分であるが、激しく抑圧されている(2)。法制は抑圧装置として用いられ、恣意的な拘束や拷問が政府への不満に声を挙げたどんなウイグル人に対しても利用されるのである(3)。

「政治的犯罪」容疑と死刑はウイグル人に対して過度に適用されるように見える(4)。ウイグル人女性は強制された不妊化と堕胎に苦しみ、東トルキスタンの農村地域では賦役労働がいまだに用いられている(5)。

また、中華人民共和国当局は、経済的機会を供給するという名目のもとで東トルキスタンから若年女性を移送する政策を実施すると同時に、一方で莫大な人数の漢族中国人経済移民のこの地域への流入を支援している(6)。

これらの事実に鑑み、このウイグル女性移送政策が、北京の強制的なウイグル人同化と東トルキスタンの独特なウイグル文化の土台を壊す取り組みのもう一つの側面であると考えられる。

1.ウイグル女性移送政策の内容とその見通し

近年、中華人民共和国中央政府は新疆ウイグル自治区政府のすべての職階でこの地域の貧困の解決手段として地方から都市への移住を支援することを指導してきた(7)。

中華人民共和国の統計によれば、2007年に約100,000人が東トルキスタンから自治区外で労働している。これらの出稼ぎ労働者の多くは、北京、天津、上海、そして山東に配置されている(8)。2006年の春以来、出稼ぎ労働者の大部分が、政府の計画によって募集されて東中国の工場の為の労働者として供給される若年ウイグル女性によって占められている(9)。

この移送政策は、独特なウイグル文化が強く残る、ウイグル人の多数が居住する東トルキスタン南部地域の16歳から25歳までの女性を特にターゲットにしている(10)。地域幹部が工場の担当者に伴い、女性たちに中国語と職能の訓練を提案して、魅力的な賃金と工場への交通費を約束する場合もある(11)。中国の公式の新聞はこの計画を連載記事で、地方の人々への収入源を供給し、祖国中国の「大社会主義家族」にその女性たちを組み込む方法だとして伝え、この計画をサポートしてきた(12)。この種の報道はまた、このウイグル女性移送計画が女性の「思考と意識」を改善し、彼女らの慣習を改善し文明化することを教えると強調している(13)。

東トルキスタン南部のカシュガル地区は、約350万人の人口の89%以上がウイグル人である地域だが、この移送政策の特別な標的となっている。正確な数を確認することは難しいが、国営メディアの報道と第3者的な調査でこの計画が大規模であることが暴露されている。

ペイズアワット(伽師)県はカシュガル地区の12の行政区域の1つであるが、320,000人の人口の農業地域で大多数はウイグル人である。中華人民共和国の移送政策は最初にこの地域に2006年4月に出現したが、212人のウイグル女性を浙江省、海塩のある工場に移送するというものであった(14)。2006年9月に同じ計画の下で18歳から20歳の121人のウイグル女性がペイズアワット県から天津市漢沽区に移送された(15)。2007年の最初の三ヶ月のうちにペイズアワット県から移送されたウイグル人女性の数はすでに3,000を越えていた(16)。

カシュガル地区のほぼすべての県においてこの種の移送を記すことができる。2007年3月に186人のウイグル女性がイェンギシャハル(英吉沙)県のある県共産党常務委員によって浙江省、平湖の工場に送られた(17)。カルギリク(葉城)県は2007年の3月と4月に400人のウイグル女性を天津に送った(18)。コナシャハル(疏附)県は天津の6つの異なった事業に6グループの770人以上のウイグル女性を送った(19)。2007年3月の末にヤルカンド(莎車)県は300人のウイグル女性を山東省、青島に送った(20)。2007年初めに500人のヤルカンド県のウイグル女性が青島と浙江に、年間6000人のウイグル女性の移送の公的計画の一環として送られた(21)。

2.欺計、圧力、そして脅迫

(若い女性)の大部分はやむを得ず来てしまうわけだが、一部の親たちは娘達が1ヶ月あたり2000(280米ドル)を得るだろう、そして女性の部屋はホテルか何かの如くであろうと確信させられていた・・・彼女らが来てみると、すべてが違っていたのである(22)

地方幹部は中華人民共和国政府上層部のこの移送政策を執行させようという強い圧力の下にさらされている。ヤルカンド県第9村の長であるAwut Teyipは、彼の村から若い女性たちを募集する為の努力を話しながらその政策が北京に由来することを示した。「私たちの仕事は中央の指導に、1つも質問することなく従うことだ(23)。」多くの官員はその計画への女性を募集することを拒んだ場合その地位から取り除かれる(24)。結果として中華人民共和国指導者たちは若い女性を移送のために募集する過程において欺計、圧力、脅迫を用いているのである。

地方幹部はこの計画を農村部のウイグルの家庭の為に「雇用機会を供給し、所得を発生させる」手段としてしつこく勧誘する(25)。しかしながら、募集された女性たちからの報告と、その家族との聞き取りでこの移送からの金銭的利益は約束されたものより非常に少ないことが暴露されている。

連れて来られる際に、私たちは固定給一月あたり500元(70米ドル)もらえると言われていた。しかし、こちらに来た後に歩合制だと言われた。私たちは支払いを受けるために割り当てられた仕事を終わらせなければならなかった。しかし、時間内で終わらせるのは不可能だった(26)

給料を含む所得についてのさらに大きな問題は、それらが「貯蓄」として何ヶ月も保留されていることである。すなわち職務内でおこる医療問題の為の天引きや、募集中に女性たちに払われると約束された金のような、第3者に支払われたという費用の為の削減などである(27)。

会社は交通費を政府官員に支払ったと言った、それなのに会社は女性たちの給料から金を差し引いた。誰がその金を持っていったのかわからない。最初の月に、彼らが50元を引いた、次の月は10元を、そして今月も差し引くだろう。彼らは支払い(経費)が全部払い戻されるまで差し引くだろう(28)

もう1つの方法が若い女性をこの計画に募集する為に用いられている。それは、女性にたちに近い人々に圧力をかけて女性にその計画に参加することを説得させることである。一人のこの計画に入った女性が次のように話した:

私がここに来たのは私の先生が私に懇願したからだった。私を説得する為に、政府が私の先生を送ったからだ(29)

この計画の下に移送された複数の女性たちとの聞き取りで、地方幹部が女性たちをこの計画の募集に応じさせる為に強制力に訴えていたことも示された。自由アジアラジオ放送(ラジオ・フリー・アジア)とのインタビューでヤルカンド県第8村の長Tursun Baratは認めた。「私たちは女性達を強制的に行かせた(30)。」そうやって天津に送られた一人の女性は次のように話した:

行きたくはなかった。私の両親も同意しなかった。しかし、政府の人が私の両親を強制したのです(31)

もう1つの例は、212人の他の若い女性とともに2007年の3月に村の職員に伴われて移送されたAynisa Tohtiの父親である。彼は聞き取りで、娘と離れることを許すことを強いられたが、この決断を深く後悔していると語った(32)。

農村部の家族は、地方官員からこの計画に抵抗することに対していろいろな種類の罰によって脅迫されている。例えば、ヤルカンド県の第9村のリーダーたちは、もし娘たちを参加させることを許さなければ農地の没収や家屋の破壊をちらつかせて農民を脅迫している。同じ村では、若い女性たちがもしもこの計画に入ることを選択しなければ、居住登録証の没収や婚姻の書類の拒否で脅されている(33)。

移送計画への反対に容赦はない。2007年4月に、この計画に関する官員が一同に参加した政府の会議で、カシュガル地区共産党書記の史大剛は次のように述べた:「農村部労働力の移送は包括的で第一の指導政策であり、我々の地域の未来の発展に密接に伴っている。省外でウイグル人民を働くこと妨害するものはカシュガルの罪人であり、ウイグル人民の罪人である(34)。」2007年7月に、ウイグルの親たちがアクス地区のクチャ県でこの強制移送政策に平和的に抗議した。この抗議活動は強制的に解散させられたが地方当局はいまだにそのオルグを探している(35)。

3.職場の現実

私たちはこの場所を監獄とよんでいる。私はここと監獄との違いはないと思う(36)

ウイグル女性たちは工場に着いた途端に契約違反の労働時間と厳しい環境、そして自由の激しい制約がわかってしまう。

私たちは毎日10時間以上働いた。そして、ほとんどの日には残業をしなくてはならなかった。大抵5時には仕事が終わるが、6時になるともう1つのシフトの為に仕事に戻され、早朝2時、3時にまで働く(37)

女性たちが残業手当なしで、24時間連続で働かされる場合もあるという(38)。

募集過程で約束された食料と住居は標準以下である。ある女性がある工場での状況を次のように話した:

朝は、彼らが炊いた少量の米と水を私たちにくれる。夜は揚げたキャベツだけのときや揚げたジャガイモだけのときもある。とても不潔で虫が食事の中に入っていて食べることが出来ない(39)

住宅環境がよりよいことはない。

私たちの寮を見ましたか?屋根がない、ドアがない、誰でもいつでも入ってこられる。安全性もない、そして、どこも開いているので私たちの着替えも困難だ(40)

重い仕事量と不衛生な労働条件は移送された若い女性たちの腎臓病問題と皮膚病など健康問題の原因となる(41)。

多くの地方政府は労働契約を離れた女性たちの家族に対して重い罰金を課す。その罰金は3000から5000人民元(420から700米ドル)にわたっているが農村のウイグル家庭にとっては巨額である(42)。この種の罰金がなくても工場を離れたいと思う女性たちには支援もなく、遠い距離と、言語の障壁、資金不足に自身直面する。

4.ウイグル人は外へ、漢人は中へ。移送計画の背景

中華人民共和国政府は若いウイグル女性を東トルキスタンから中国東部に移送すると同時に、職を求めてこの地域に流入する何万もの漢族中国人の経済移民を支援している。この漢族中国人の移入はウイグル文化を脅威にさらす劇的な人口統計学的変容の原因である。1955年、ウイグル人は東トルキスタンの全人口の74.7%であり、漢族中国人は6.1%であった(43)。今日、ウイグル人はその人口の45%であり、漢族は41%であるが、その数値は人民解放軍兵士、中国公安部隊や移民人口の多くを除外している(44)。

2006年単独でも甘粛省からの500,000人の農民が政府に支援された移送に参加しており、その多くは、一人のウイグル人が1年で稼ぐ額を10週間で稼いでいる(45)。このような膨大な人数の移送を容易にするために、中華人民共和国の指導者たちは農村地域から労働者を募集し、特別列車を編成、給付金を与え、参考になるパンフレットを印刷し、駅での送り迎えにおいての後方支援を与えている(46)。

この移民の大規模な流入でウイグル語は公的な局面から押し出されてしまっている。漢族の事業はウイグル人の店舗に取って代わっている。たった2、30年で中華人民共和国形式の開発は何世紀にもわたって進化してきたウイグルの都心の配置を変えてしまっている。

ウイグル人は、自身の経済的な不利が新しく到来した漢族居住者のせいであると見ている。2000年の国勢調査の研究で「多数派漢族の地域と一人あたりの高収入には強い相関がある。」ことがわかったが、この発見は「単に1つの相関的な関係でなく、普通に見られるものである(47)。」1995年の産業統計によると、東トルキスタンでの大規模あるいは中規模の事業の191人の経営者のうち2人だけが少数民族であり、そして、これらの事業の11%だけが少数民族が多数派を占める地域に本拠を置いている(48)。公共サービスの雇用はウイグル人に対して偏見を見せており、雇用機会の大部分は漢族中国人のために準備されている(49)。他の職域、例えば「専門的、技術的」な仕事においても、東トルキスタンの高い経済成長率にもかかわらず少数民族の雇用数はほとんど増加していないのである(50)。

5.結論及び勧告

東トルキスタン南部からの若年ウイグル人女性の移送と漢族中国人の東トルキスタンへの移送との関係は、調和しているようには見えない。すでに記載したように、カシュガル地区共産党トップは若年ウイグル人女性の東中国への移送は「第一の指導政策であり、我々の地域の未来の発展に密接に伴っている。」と見なしている。カシュガル地区は現在実質的な「再開発」の焦点であり、何千もの漢族中国人を運んでくる鉄道の完成によって、近年区都ウルムチと連結した。

東トルキスタンでウイグル人の構成率は年々減少している。しかるに、このことの原動力は漢族中国人の移入によって助けられているし、出産適齢期の若年ウイグル女性の東トルキスタンからの大量移送はこの過程を深刻に悪化させている。

現在、中華人民共和国の地方及び中央当局は、ウイグル人のこの計画への抵抗と憤怒にもかかわらずこの移送政策を積極的に施行し続けている。

この政策の続行はウイグル人を更に疎外し、ウイグル人の中華人民共和国官員への不信を深め、東トルキスタンにおけるさらに大きな社会的緊張を導くのであろう。

ウイグル人権プロジェクトは中華人民共和国に以下を勧告する。

・即時に若年ウイグル女性の東トルキスタンからの移送を停止し、女性らの故郷への帰還を許すべし。

・行われた仕事や旅費の為の契約により女性たちに保証を行うべし。

・ウイグル女性の為の地方の雇用機会を生み出す政策を施行すべし。

・女性らを強制して意思に反して移送させた官員らを罰すべし。

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脚注

1. 「東トルキスタン」という表現を用いることは「独立賛成」の立場を明確にするものではない。それよりもむしろ「東トルキスタン」は中国内地に対しての文化的独自性を主張したいウイグル人によって用いられる。「新疆」とは「新しい境界」あるいは「新しい領域」を意味するが、公式に使われるようになったのは1884年で、清王朝(1644年-1911年)によって与えられて、清国人の見方を反映している。この用語の使い方、つまり、「新疆」なのか「東トルキスタン」なのかは、ウイグル人から見ればチベット人が「チベット」と言う用語を使うことに匹敵するものである。すなわち、チベット人は中国語の西部の宝の蔵を意味する「西蔵」の翻訳ではなく、彼らが選んだ名前を使うということである。
2. Human Rights Watch and Human Rights in China, Devastating Blows: Religious Repression of Uighurs in Xinjiang, Human Rights Watch, Vol. 17, No. 2, April2005.
3. Amnesty International, Gross Violations of Human Rights in the Uighur Autonomous Region, London: Amnesty International, 1999.
4. Ibid.
5. Ildikó Bellér Hann, “Work and gender among Uighur villagers in southern Xinjiang,” in: Les Ouïgours au XXème siècle. Cahiers d’Études sur la Méditerranée Orientale et le Monde Turco-Iranien, F. Aubin and J.-F. Besson, eds. (1998) pp. 93-114.
6. Stanely Toops, “The Demography of Xinjiang,” in Xinjiang: China’s Muslim Borderland, ed. S. Fredrick Starr (M.E. Sharpe: Amrmonk, NY, 2004).
7. See, for example, Urumqi Evening News, 300 Rural Young Women from Xinjiang’s Shache County Leave to Work in Shandong, April 5, 2007. [乌鲁木齐晚报 , 新疆莎车县300名农村女青年前往山东务工, 2007-04-05], available at
http://www.chinaxinjiang.cn/news/xjxw/shjj/t20070405_224973.htm
8. Xinhua Net, A Large Number of Minority Farmers from Xinjiang Go Inland to Work, April 2, 2007. [新华网, 大批新疆少数民族农民赴内地务 工“淘金”, 2007-04-02], available at
http://www.chinaxinjiang.cn/news/xjxw/shjj/t20070402_223834.htm  and Xinhua Net, Xinjiang Division, In 2007 there will be 100,000 people from Xinjiang working to earn money in the Interior, March 23, 2007. [新华网新疆频道, 新疆2007年将有十万人次到内地务工挣钱, 2007-03-23], available at
http://www.chinaxinjiang.cn/news/xjxw/shjj/t20070323_221297.htm
9. Xinhua Net, Xinjiang’s First Group of Female Uyghur Workers Return, April 27, 2007. [新华网, 新疆首批政府组织赴内地务工维吾尔族女工返乡, 2007-04-27],available at
http://news.xinhuanet.com/local/2007-04/27/content_6035082.htm
10. Northern Economic Times, Hanji gives preferential treatment in work to Xinjiang girls, September 22, 2006. [北方经济时报, 汉沽优待务工新疆姑娘, 2006-09-22], available at
http://news.sohu.com/20060922/n245477720.shtml
11. Kashgar Prefecture Economic News Center, Xinjiang Kashgar Speeches at the Tianjin Labor Leading Cadres Symposium (Excerpts), April 17, 2007. [廖邱鹏, 新疆喀什在津务工领队干部座谈会上的发言(节选), 喀什地区经济信息中心, 4-17-2007], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200704/2026.htm
12. See Xinjiang Economic Report, Rural Xinjiang Uyghur Girls in Tianjin, May 15, 2007. [新疆经济报,新疆维吾尔族农村姑娘在天津,2007-5-15], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200705/2619.htm
and D.T., “Uyghur Culture Faced with Endless Campaigns,” China Rights Forum, No. 4, December 2007, pp. 100-101.
13. Kashgar Prefecture Economic News Center, Xinjiang Kashgar Speeches at the Tianjin Labor Leading Cadres Symposium (Excerpts), April 17, 2007. [廖邱鹏, 新疆喀什在津务工领队干部座谈会上的发言(节选), 喀什地区经济信息中心, 4-17-2007], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200704/2026.htm
14. Xinhua Net, Xinjiang’s First Group of Female Uyghur Workers Return, April 27, 2007. [新华网, 新疆首批政府组织赴内地务工维吾尔族女工返乡, 2007-04-27],
http://news.xinhuanet.com/local/2007-04/27/content_6035082.htm
15. Northern Economic Times, Hanji gives preferential treatment in work to Xinjiang girls, September 22, 2006. [北方经济时报, 汉沽优待务工新疆姑娘, 2006-09-22] ,available at
http://news.sohu.com/20060922/n245477720.shtml.
16. Radio Free Asia, Last Year Labor Force Transfer from Kashgar Reached 240,000, Mar. 19, 2007.
17. Jiaxing Online, 186 Xinjiang Girls Become ClothingWorkers, April 19, 2007. [嘉兴在线, 186名新疆姑娘当上服装工, 2007-4-19], available at
http://gxxw.zjol.com.cn/jiaxingdaily/2007/0419/39658.htm
18. Kashgar Prefecture Economic News Center, Xinjiang Kashgar Speeches at the Tianjin Labor Leading Cadres Symposium (Excerpts), April 17, 2007. [廖邱鹏, 新疆喀什在津务工领队干部座谈会上的发言(节选), 喀什地区经济信息中心, 4-17-2007], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200704/2026.htm
19. Ibid.
20. Urumqi Evening News, 300 rural young women from Xinjiang’s Shache County leave to work in Shandong, April 5, 2007. [乌鲁木齐晚报 , 新疆莎车县300名农村女青年前往山东务工, 2007-04-05], available at
http://www.chinaxinjiang.cn/news/xjxw/shjj/t20070405_224973.htm
21. Radio Free Asia, 500 Uyghur Girls Transferred to Chinese Provinces, Mar. 30, 2007.
22. 移送されたウイグル女性(番号3)とのインタビュー 2007年、天津。当報告で使われたインタビューは2007年5月と7月に東トルキスタン情報センター(ETIC)と国際ウイグル人権民主基金(IUHRDF)の合同でのプロジェクト下に集められた。
23. Radio Free Asia, Revealed Secrets: Real Stories of Uyghur Girls Forced to go to Chinese Provinces–Part I and II, June 21 and 22, 2007.
24. Ibid.
25. Kashgar Prefecture Economic News Center, Xinjiang Kashgar Speeches at the Tianjin Labor Leading Cadres Symposium (Excerpts), April 17, 2007. [廖邱鹏, 新疆喀什在津务工领队干部座谈会上的发言(节选), 喀什地区经济信息中心, 4-17-2007], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200704/2026.htm
26. 移送されたウイグル女性(番号2)とのインタビュー、2007年、天津
27. 移送されたウイグル女性とのインタビュー、2007年、天津
28. 移送されたウイグル人女性の監督役と通訳へのインタビュー、天津、2007年
29. ウイグル人女性(番号5)へのインタビュー、天津、2007
30. Radio Free Asia, Revealed Secrets: Real Stories of Uyghur Girls Forced to go to Chinese Provinces–Part I and II, June 21 and 22, 2007.
31. ウイグル人女性(番号1)へのインタビュー、天津、2007
32. Radio Free Asia, Revealed Secrets: Real Stories of Uyghur Girls Forced to go to Chinese Provinces–Part I and II, June 21 and 22, 2007.
33. Ibid.
34. Kashgar Prefecture Economic News Center, Xinjiang Kashgar Speeches at the Tianjin Labor Leading Cadres Symposium (Excerpts), April 17, 2007. [廖邱鹏, 新疆喀什在津务工领队干部座谈会上的发言(节选), 喀什地区经济信息中心, 4-17-2007], available at
http://www.kashi.gov.cn/Article/200704/2026.htm
35. Radio Free Asia interview with official in Kucha County, Aksu Province, July 19, 2007.
36. ウイグル女性へのインタビュー(番号6)天津、2007
37. ウイグル女性へのインタビュー(番号2)天津、2007
38. Radio Free Asia, A Uyghur ‘Worker ‘Girl’s Story who was Forced to Flee from China, Jun. 28, 2007.
39. ウイグル女性へのインタビュー(番号2)天津、2007
40. ウイグル女性へのインタビュー(番号6)天津、2007
41. ウイグル女性へのインタビュー(複数)天津、2007
42. ウイグル女性へのインタビュー(複数)天津、2007
43. Stanely Toops, “The Demography of Xinjiang,” in Xinjiang: China’s Muslim Borderland ed. S. Fredrick Starr (M.E. Sharpe: Amrmonk, NY, 2004).
44. Ibid. and Department of Population, Social, Science and Technology Statistics of the National Bureau of Statistics of China [国家统计局人口和社会科技统计司].
45. Xinhua Net, Gansu and the Xinjiang Production and Construction Corps Formalize a Contract to Transport More than Five Hundred Thousand People to Pick Cotton, June 8, 2007. [新华网, 甘肃与新疆建设兵团正式签约输送50余万拾棉工, 2007-06-08], available at
http://xjds.gov.cn/News_Show2.asp?NewsID=5047
46. Ibid.
47. David Bachman, “Making Xinjiang Safe for the Han?: Contradictions and Ironies of Chinese Governance in China’s northwest,” in Governing China’s MultiethnicFrontiers, ed. Morris Rossabi (Seattle: University of Washington Press, 2004).
48. Ibid.
49. Congressional-Executive Commission on China, Xinjiang Government Says Ethnic Han Chinese Will Get 500 of 700 New Civil Service Appointments, April 7, 2005.
50. Linda Benson, “Education and Social Mobility,” in Xinjiang: China’s Muslim Borderland ed. S. Fredrick Starr (M.E. Sharpe: Amrmonk, NY, 2004): 190-215.

 

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